8月2012

大切にしたい施しという行い

生活

 原爆忌や七夕(旧暦)、盂蘭盆会(お盆)を迎える8月。

8月こそは、祈りや願いという言葉にふさわしい時節であろう。

北東アジアは、儒教思想が根強くあるが、仏教思想を部分的にせよ受け入れる下地はあるはずである。さらに、東南アジアに目を転じても、イスラムやヒンドゥの影響はあるが仏教的な所作を好感をもって受け入れる下地がここにもあるはずである。

 

ところで、釈尊の教えに「無財の七施」というものがある。もともと、仏教の教えに布施行というものがあり、他人になにかを捧げることで、自分に幸せが戻ってくるという教えである。「お布施を包む」という言い方があるので、一般的には、施しイコールお金というようなイメージが強いと思われる。事実、お布施といえば、お金を差し出して布施行を勧める「財施」をイメージする人が大半である。

 

「無財の七施」とは、自らお金を使わずとも布施行ができると教えている。

一.        眼施 慈眼施ともいい、慈しみに満ちたやさしいまなざしで接する。

二.        和顔施 和顔悦色施ともいい、いつも和やかで穏やかな顔で接する。

三.        愛語施 言辞施ともいい、優しい言葉や思いやりのある態度で接する。

四.        身施 捨身施ともいい、自分の身体を使って自ら進んで奉仕をする。

五.        心施 心慮施。他人のために心を配り、痛みや苦しみ喜びを分ちあう。

六.        牀座施(しょうざせ)他人のために席や地位を喜んで譲り悔いがない。

七.        房舎施 風や雨露からしのぐ場所を与え、また傘を差しかける行為。

 

いかがだろうか。日本における地域社会は、根底に長(おさ)らが、率先して「無財の七施」を実践してきたような印象を思い起こされて仕方がない。様々な講や無尽などもその発展型だと思われる。さらに、年少の師弟らが所属する社会奉仕を目的とするボーイスカウトの母体が、大きな宗門を背景に運営されてもいるのも事実である。加えて、社会貢献だけにとどまらず、国際協力分野で目覚しいNGO団体の母体が、大きな宗門であるものも存在している。事実、

ボランテイア活動に、僧侶が率先垂範ということが多く見受けられる。人の最大の幸福は、他人の幸福にかかわっているという確信ともいえる。

 

日本の仏教は、葬式仏教とも揶揄されるが、アジアとの関わりを仏教の祈りと願いのなかで見つめ直してはいかがだろうか。

(鹿)