8月2012

日本への思い、願い、そして祈り

生活

 お盆の季節がやってくる。

と、同時に靖国参拝をめぐる騒動が起きることだろう。

特に中国の国民感情は、日本の為政者の靖国参拝を厳しく問うが、戦没者

の新興まで踏み込んでいるわけではない。かの国の人々と同じように家族

を愛し、支えあって生きようとする思いに温度差は本来ない。

以下は、文化革命後中国で日本人の父母のもと生まれ、その後苦労の末

に日本人国籍を得られた方の日本国外務省に提出された信条書である。

淡々とした文章の中に胸に迫るものがある。



「私は、文化大革命最盛期に中国で生まれました。

父は政治犯として処刑されたも同然に。

母は苛烈な運命の父に殉じるように亡くなりました。

兄と私は、政治犯の子どもとして、厳しく国家の管理のもの教育され、養育されてきました。

なぜに、可能な厳しい運命におかれなければならないのか。

それをいつも考えてきました。

その後、父母が日本人であったということを知り合点が行きました。

と同時に日本に対する思いがいつも胸に宿るようになりました。

大変、厳しい半生だったけれども、中国で生きてきた知識経験を日本で生かしてお役に立つのだと。

最初は、自分自身や家族友人のために役立てばよいと思っていましたが、

次第に、北京大学の学部大学院時代の同窓人脈を生かすことによって、広く日本のお役に立てるに違いないと考え、次第にそのような立場に一日も

早くなれるようにと願うようになりました。

申しあげるまでもなく、貿易立国、技術立国である日本国は、未曾有の危機を迎えております。

私は、一日も早い復興を願うと同時に、そのために中国との貿易や交流を

盛んにするお手伝い、そして北東アジアの平和構築の一助となる役割を担わせていただきたいと日々、切に祈っております。

父母が、日本で産み落としてくれたなら苦しむこともなかったでしょうが、今は、運命に感謝しつつ、自らに与えられた役割を理解しながら、日本人として、日本のために後半生を力強く生きて生きたいと念願しております。どうぞ、宜しくお願いもうしあげます。」

素霊や父母兄弟に思いを馳せ、脈々と継いできた命を思い、この国の未来が明るいものでありますようにと願い祈る。

(鹿)