8月2012

フェアトレードを育てる

生活

 フェアトレード(Fair  Trade)という言葉を一度は耳にされたことがおありだろう。国際理解教育や国際NGOなどの活動に関心の高い方々には、身近な「商取引」である。「商取引」といっても、WTO(世界貿易機関)のラウンド交渉に出てくる行動規範でも、取引ルールでもない。むしろ、規則めいたものがあるとしたら、それは紳士協定に違いない。

フェアトレードとは、国際商取引上にありがちな強者が弱者から搾取するような取引を行うのでは無くて、「正当な」価額で購入し、生産者の経済的な自立

を助けたり、産業や地域の振興を助けようとするものである。いわゆる「買いたたき」や「児童労働」の温床を壊してゆくことの戦いでもある。

とはいえ、フェアトレードということばが徐々に耳にされ始めた頃、日本国内では、まだ生産者や取り扱いする業者やNGOの側に、「マーケティング戦略」や「付加価値を生む」という意識が希薄で、「自立支援のために皆で買ってあげよう」というようなレベルの活動でしかなかった。いわゆる値ごろ感からすれば、高くてひどい品質のものもあった。

この点、欧米生まれのNGOは、公益に適うビジネスとして確立させている。

「ロハス」は、すでにブームではなく、確実に人々のライフスタイルとして浸透しつつある。その生き方を選択する人々に、よりふさわしいオーガニック(有機作物)食品や衣料品、雑貨品、装飾品などが開発されている。

日本のフェアトレードの世界でもブランドが育ち、訴求力のあるカタログ誌を送り出すようになってきた。数年前からバレンタイン用や贈答用のチョコレートが売れ筋となって定着し、今では日用品や食料品にもずいぶんと売れ筋が育ってきた。

ここに至るには、消費者側の情報を的確に伝えながら、甘えを許さず一所懸命に生産者を叱咤激励し、育ててきた良心的なバイヤーの姿があるはずである。

優秀な事業者も育ってきたこともあるはずである。

 

ブラジル環境サミット以降、「持続可能な開発」という言葉が一般的なものになった。「持続可能な開発」は、大規模な経済開発に限らない。消費者に愛されるフェアトレードであるためには、消費者に支持され続ける持続可能な潜在能力の開発が必要なはずである。大量工業生産時代は、プロダクトアウトと呼ばれ、生産者が消費行動を規定した。後に成熟した社会が出来上がり、生産者側の都合に踊らず、しっかりとした価値観で消費を行う人々が社会を構成し始めた。それが契機となり、マーケットインという潜在的な需要を勘案する経済活動が常識となった。案外、フェアトレードの一番の成果というべきものは、マーケットインという志向の全地球的な定着かもしれない。

(鹿)