8月2012

「あなたを忘れない」~李秀賢(イ・スヒョン)氏のこと。

生活

日韓両政府の首脳陣による発言で、両国の関係に軋む音が聞こえそうである。

07年新春、映画「あなたを忘れない」が、ソニーピクチャーズの配給により全国で上映された。この映画は、10年以上も昔に、韓国からの留学生イ・スヒョン氏が、新大久保の駅で線路に落ちた泥酔者を救おうと日本人男性とともに線路内で轢死した事故がモチーフ。韓国側でクランクインした後、日本側製作者より支援の依頼があり、快諾した。その思いをプロモーション用のチラシに06年秋に印刷した。この時、映画のシナリオも原作も見ていない。もちろん、映画も撮り終えたばかりで編集など出来ていない。製作段階で、様々にイ・スヒョン氏の足跡をエピソードで辿る地道な仕事があった。救われたのは、この作業でご両親のお話が聞き漏れてくるのを耳にして、イ・スヒョン氏の人となりに思いを馳せ、人物像に少しは迫られたことだった。それにつけても、衝撃的にこの胸に映るのは、イ氏が酔った乗客を救い出せそうにないと誰の眼にも判断がついたと思われた時だ。自ら逃れる事が可能だったのに、足を広げ踏ん張り、手を大きく前に突き出すようにして広げ、その時を迎えてしまったことだった。関係者対象の試写会が行われたとき、等身大の李秀賢氏がよく描かれていると評価が高かった。製作側には、当初、疑問があった。それは、目撃者の証言。「電車が迫る中、線路に下りた。助けられないと、判断が出来たと思われる瞬間から時間的な余裕が7秒間あった。」と。証言によれば、「彼の運動能力からして、十分に安全なところに逃れる事が出来たはず」と。彼は、逃げなかった。命を捨てたのではない。命をかけて電車を止めようとしたのだ。

“ イ・スヒョン氏に捧ぐ ”~ 追悼文から1996年秋~

明年一月になると李秀賢(イ・スヒョン)氏の七周忌を迎えることになる。

日韓両国は、本来、血脈的にも地理的にも、司馬遼太郎氏や海音寺潮五郎氏が説くように、英米両国のようにあって然るべきである。両国の間には、いまだ不寛容の氷河が横たわっているように思えてならない。氷解の日まで、膨大な月日を費やさなければならないのだろうか。つきつめると国と国のつきあいも個人的なつきあいの総数に違いない。それぞれが、かの国の人を尊く思い、親愛の情を抱けるならば、政治問題化させて神経質にならずともよいはずである。

ところで、あの日、李秀賢氏の行動には、なんら躊躇が無かったように思える。困った人弱い人を救うのは、儒教の国に生まれたものとして当然だといわんばかりに。~中略~電車の前に立ち塞がったのだと聞いた。彼の本気で、電車を止めたかったのだという思いが伝わってくる。彼は、息をするが如く、ごく自然に善と正義に生きたかったのだと確信する。~中略~日韓両国が、お互い不寛容な態度で向き合うこの時代。「あなたを忘れない」ためにこの映画を支えたいと願い望んで私たちはここにいる。