8月2012

「~倖せなんとひと問はば~」吉川英治の作である。

生活

 倖せなんとひと問はば むすめはなにと答ふらん

珠になれとはいのらねど あくたになるな町なかの

よしや三坪の庭とても たのしみもてば事々に

人生植ゑるものは多かり

格差問題が、巷間を賑わせるようになって来た。世界一平等な社会を実現したと言われる日本。その象徴として東大生が上げられる事が久しい。

保護者所得の一番高い大学が、東大であることを認識されるようになって久しい。これは、90年代半ばには定着していた認識である。明治維新で、国家予算の5割以上を義務教育に投資して現在の日本はある。どんな僻地にあろうとも、義務教育が受けられた。学校給食や養護教育、学区予防医学手法が、育んだ命、救った命が、次世代の発展の基礎となってもくれた。日本は、教育によって国家という体裁を整え、社会を健やかにし、精神的な康らぎを育んできたのだ。未だ、ODA(政府開発援助)では、円借款や無償援助などの経済支援に対する期待が大きい。しかし、結果的に確実に実る支援は、技能や技術指導も含めた教育投資だということを、多くの国際協力の専門家が指摘している。長い間、比喩された「末は、博士か大臣か」との云いは、既に死語になった。「家貧しくして孝子育つ」も見られなくなった。学問によって、身を立て、未来を切り拓く事例は、成り立たなくなったのであろうか。学問に限らず、技能技術にも限らず、日本は人的資源開発の先進国である。

 

さて、技能技術の世界に身を置く職人たちにも大きな変化がおきてきた。

義務教育を終え、親方の下で長く修行をして「暖簾分け」に預かる。弟子に所帯を持たせたり、なにかと世話を焼く。職人の世界には、独特の徒弟制度があった。耐えて年季が明ければ、人生の視界も大きく明るく開けたことだろう。しかし、昨今、大工の世界も在来工法に優れた名工がいなくなり、プレハブ住宅をプラモデルのように組み立てるご時世に変わり果てた。寿司の世界も「出し巻き玉子」を作れず、でんぶも作れない。店によっては、包丁は切り分ける時しか使えないような職人ばかりに変わり果てた。日々、情熱と積み重ねで作り上げる技に価値は見出せないのであろうか。匠にふさわしい賞賛と恩恵は、馴染まないご時世になってしまったのであろうか。経済効率を追い求め、便利な社会が出来あがる。しかし、潤いとか風情とか無形財産の喪失感が空しく襲い来る。倖せをなんとしよう。