8月2012

「ツィゴイネルワイゼン」

生活

 宙に浮かぶ雲は、薄くたなびき流れてゆくようになった。仰ぎ見る限り、夏の装いは見られなくなった。灯火親しむ頃などというが、晩秋にこそ相応しいもの云いだと思う。空気が乾いて伝わりが良くなるからなのか?弦楽器の奏でる大きな容量の音が聞きたくなる。「ツィゴイネルワイゼン」、この悲嘆や絶望を思わせるような音で語る世界は、よほどの体験や見聞きの蓄積がなければ作れない曲。そんな風に学生時代から、勝手に想像していた。ただ、機会あるごとに圧倒されそうになる旋律にふれ、毛穴もひらくほどに感じ聞き入った。

「ツィゴイネルワイゼン」は、ドイツ語。日本人に馴染む別の言い方では、「ジプシー」「流浪の民」ただし、この言葉は国際的に差別用語として使用を慎まれている。それでは、このネーションのことを他になんと呼べばよいのだろうか?

欧州で差別用語として撤廃宣言を行うとき、彼らの代表として映画俳優のユリ・ブリンナー氏が出席したという。映画「王様とわたし」他、圧倒的な存在感でご記憶の方も多いことだろう。世界一美しい剃髪とまでも言われたが、あの神々しい光り方は、修飾語がなかなか見つからない。

「20世紀」を賢人は、たびたび「戦争の世紀」と総括した。本来、ステートとステートの国家間紛争のようなものが無くなり、ステート対ネーション(民族集団)、ネーション対ネーションの争いが増える。そして、 国際社会は「人道支援競争の時代」を迎えると期待を込めた。国際協力の専門家は、講演でも好んでそれをテーマにした。しかい、あろうことか、9.11以後、確実にテロリズムの横暴は、ルール無き戦いの幕開けを迎えたように思えた。“ツイゴイネルワイゼン”不幸な境遇にある彼らは、定住の地をもたず、永くその日暮らしから抜け出ていない。戸籍や住民票もなく、広く欧州を漂っている感じである。義務教育を受けられないから文字も読めず、踊りや音楽による大道芸人的な稼ぎしか出来ない。蓄えも無く、周辺の人間達となかなか同化できないので、誤解や迫害を受けやすく、安住の地などどこにも無い。その数は、800万人とも3000万人とも言われるが、戸籍も文字にした資料無く推測だけである。中央アジアから広く極東アジアに向けて遊牧の民がいるが、彼らは生業の手法に移動があるだけで、遊牧民とて、義務教育のために子どもを教育機関の宿舎に預けたりできる。アフガン戦争の時に、ウズベキスタンの留学生から聞いた話が耳から離れない。「100年前の地図を見てください。アジアと欧州は、今と随分違います。オスマントルコと英国が戦って中央・中東アジアが出来たのです」と。未解決もあるが、100年前とほぼ変わらぬ日本。いつも中心に日本をおいて世界地図を見る意識では、「不寛容や無理解」を埋めることが難しい。もう一度、時間をかけて、国際理解のために古びた世界史の教科書を読んでみたい。