8月2012

「ドイツの懐の深さを思う」

生活

 昨年の夏、ドイツの首都ベルリンに降り立った。日独友好150周年の記念行事として、水墨画のデモンストレーションや講習会のためである。ベルリン行きの便は、このときは、直行便がなくヘルシンキからトランジットした。ほかの経由地より3時間程度のボーナスを貰ったような気分で市街地に臨んだ。 チェック・インまで時間がある。荷物をホテルに預けて世界有数の規模という動物園に向かった。なるほど、最新の動物園ではないが、展示の仕方に工夫がある。居住空間が充実している感じを受けた。それぞれの畜舎で飼育係の餌づくりの様子がよくわかるTVの調理番組風の見せ方があったり、幼児達が餌作りや動物の世話に参加しやすいように工夫がされている。全体として、市民が心から動物園を愉しんでいる様子が感じられた。事実、平日に関わらず、大人だけで開門前から並んでいる集団がいくつもあった。



在ベルリン日本大使館の文化学術担当の書記官と話をする機会があった。

伺えば、ベルリンの壁崩壊以降、今日も旧東ベルリン市街地には、開発手つかずの目立つ空き地が存在しているとのこと。ドイツ統一にこの国の市民は、多大な負担をおこなった。西ドイツは、当時欧州ナンバー1の経済大国であったが、東ドイツとの統一により負の巨大な財産を抱え、欧州ナンバー9の地位まで滑り落ちた。東ドイツは、東側世界ではソビエトに継ぐ大国の地位にあったが、破綻した計画経済の病巣の摘出手術にかなりの負担が生じたことは確かである。そのベルリンに国際的に名を馳せる博物館美術館がある。さほど大きくない都市に、文化的遺産が誇らしく点在している。東アジア美術館を訪ねた。日本芸術祭・国際墨書画展を想定した下見を兼ねてのものだった。常設コレクションに圧倒された、北斎や光琳の作品に顔をつけて舐められるような距離で堪能できた。平安時代以降の屏風や掛け軸などもコレクションされている。時代背景や作家や流派を体系的に理解できるように展示されている。常設展示ギャラリーには、茶室が作られている。手抜きなど一切無くつくられていて、衝立や茶掛、茶釜の位置なども見やすく展示され、空間美や作品の魅力があますことなく表現されているように思えた。日本の博物館美術館といえども国立級の施設で無い限り対抗できないように思えた。来年は、通説で言われる源氏物語誕生千年余である。博物館美術館は、絵巻物で宮中の様子を欧州人に親しみやすく伝えたいとしている。近年、日本の高等学校では、世界史・日本史や地理の履修時間不足が問題にされ、受験に役立たない知識は必要のないという空気にやるせない思いをした。受験云々という小賢しい議論より、人生を豊かにすることや、国や人間を理解することに努力を厭わない気風がほしい。苦難も多いドイツで、深く文化に対する思いにふれた。