8月2012

「さまざまなアジア。構造的な反日感情には」

生活

 「アジア」は、経済、人口、政治、福祉、社会制度など実に多様である。ひとつのキーワードにまとめた言い方が非常に難しい。「ひとつのアジア」ではなく「ひとつづつのアジア」という賢人の意見もある。

ところで、北東アジアは先進国、新興工業国、中進国、そして発展途上国が隣接する世界的にも珍しい地域である。中国は、ここで自ら盟主となり東アジア共同体を構築したいと鼻息が荒い。だが、中国の思惑と乖離し、ことは簡単ではない。たぶん、中国の描く共同体とはEUやNAFTA 、ASEANをイメージしてのことだろう。例として、経済統合を先行させて成功したEUをとっても、通貨・為替・法律(憲法)と課題をこなしはしたが、随分と産みの苦しみを味わっている。それでいて、この通貨危機によってもたらされた負の財産は、

統合に似合うものだったかどうか。後世の歴史的評価に待たねばなるまい。

融和政策とて、人種や宗教など、歴史に深く根ざした問題に時間をかけて解決を試みても容易ではない。それでもEUには、今も統合への共通の価値観、目的や強い意志が見て取れる。



他方、朝鮮半島の統一の意思は明確だが、東西ドイツ統一の時のような強い意思はあるのだろうか。下世話な話だが、かつて「世界で2番目」の経済大国を日本と競う国が、一挙に「欧州で9番目」の経済の国になった。それでも統一は正しかったと現在のドイツからうかがえる。半島の統一は、新興工業国と発展途上国の統一である。多少、欧米型とは違うが民主主義国家と共産主義独裁国家の統一でもある。体制が、異なっても儒教を尊ぶ民族意識があるのであれば、血が統一に導こうとするだろう。今後、6カ国協議に変化なければ、統一時に日本の間近に核保有国が忽然とあらわれてしまう。日本の国是や安全保障に大きく影響を与えることだろう。国際問題の根底には貧困の問題が大きく横たわる。食料も外貨も無い。肥沃な農地やきれいな水の確保も困難。北の経済開発は、峠越えが厳しい。その昔、漢江の奇跡と呼ばれた南の躍進があった。併合時代に日本が工業投資を行ったのは北であった。南は、農業地帯に過ぎなかった。その後、韓国国民の勤勉と貯蓄と開発努力で奇跡は起きた。新興工業国や中国の躍進も日本というモデルがあればこそと主張する海外の学者もいる。しかし、近隣に感謝されることもない。

中国の反日感情は、政治的で構造的なものである。容易に崩せるものでもない。民間の交流こそが、真の国際理解を深める力になる。訪日した中国の人たちが、「軍国主義色のない日本」や「平和を愛する日本」の姿をみて安心していると聞く。

「さつまいも」

生活

 「さつまいも」は、俳句の季語にふさわしいかどうかは一向に存じ上げないが、ご当地薩摩の感覚では、まもなくの9月が収穫月。「芋掘り」は、保育園幼稚園では大人気の秋の風物詩となる。この時節、空は高く蒼い。強い陽射しの下、掘り起こしすと、なんとも形容し難い熟した「土の臭」が立ちのぼる。

その昔、前田利右衛門という賢者が、薩摩の食料事情を改善しようと唐の時代に琉球に伝わったという芋の苗(種芋)を持ち帰り300年以上になる。爾来、薩摩では、この芋を「からいも」(唐芋)と呼ぶ。利右衛門のもたらした善行は、その後、大きな開拓殖産を生む。火山灰で出来た土壌(多くは桜島の火山灰)は、深い地層のところで600メートルもあるというが、土地が肥沃でなくとも良く育つ「さつまいも」は、実に多くの恵みをもたらした。

「でんぷん」。加工食品の品質表示欄をみると、水産加工品まで含め、多く食料品に使われているかが分かる。これも「さつまいも」にお世話いただいているものだ。大好きな「芋焼酎」。このなんともいえない「風味」は、「さつまいも」(コガネセンガン種)のもたらすものである。これを「臭い」とお感じの方は、本物の「芋焼酎にお目にかかれず、人生に大きな損失をしている。」しゃぶしゃぶ専門でも振舞われる「さつま黒豚」(島豚とバークシャー種の交配種)は、生まれてから6ヶ月間で90キロに育てて送り出される。この「さつま黒豚」は、脂身が実に美味い。これは、発酵させた「さつまいも」を与えることによって旨みをつくり込み、臭みをなくさせる飼育法によるものである。「さつま黒豚」など特産品には、ご当地独自の飼育や製造に厳格な小うるさい定義がある。

 

以前から交流があった中国の某市市長や共産党書記を鹿児島に招いたことがある。農業県としての鹿児島に学びたいということだったが、今後の食糧事情を慮り申し入れを快諾した。「さつま黒豚」の良質な「種」を譲り受けたいと

懇請されたが丁重にお断りした。知的所有権保護的な思想が、強かったわけではない。一番の理由は、ご当地で焼酎や菓子、飼料その他に重宝される「さつまいも」を振舞われ、先様は、「これは、豚の餌ではないか」と立腹されたことにあった。食に文化的な質の差はあろうが、「小生は、あなたのいわれる豚の餌を食して大きくなった。」という言葉にも耳を貸していただけないような次第であった。「紫いも」の種子島種などは、糖度も高く、自然な甘味が消費者に受け入れられ高級食材となっている。スイートポテト用の種を栽培する農家は、高額所得者に名を連ねている。今や「さつまいも」は、高付加価値農産品である。唐の時代の中国から確かに伝来してきた芋ではあるが、いつまでも「本家」の芋が「豚の餌」ではあまりにも寂しい。「さつまいも」の潜在能力で、もっと国際貢献を行うことができそうなものである。また、それが念願でもある。

「お茶づくり名人Nさんの誇らしくも愚直な生き方」

生活

 鹿児島県の霧島市牧園町に住むNさんは、お茶作り名人と呼ばれるに相応しい。Nさんは、農林大臣賞と天皇杯を賜ったことがある。多分、このような方はなかなか輩出されない。例えば、お茶の品評会となると全国の産地では、農協や研究機関が摘みとりから製茶する過程を事細かにしっかりと指導する。そうやって産地を勝ち抜いたお茶が決勝に。審判を受ける段階にとなると20件くらいの出品数にまでなっている。出品されたお茶は、番号で呼ばれるので、最後の勝負がつくまで誰のお茶かもわからない。が、このNさんのお茶は、毎年、最後の決戦まで残っている。このような人は、関係者もNさんしか知らないという。その愛すべきNさんの誇らしくも愚直な生き方をすこし紹介したい。

 

平成の時代に入って、Nさんは天皇杯を賜った。お茶作り人生の集大成と言える。天皇杯を賜ったとき、緊張で賜った言葉を忘却。食事に何を戴いたかも分からぬまま、帰路を急ぎ羽田から鹿児島に向うことになった。そこで事件がおきた。セキュリテイ-チェックで、天皇杯を入れた木箱を抱えたNさんにX線チェックを通せと職員がいうのだ。Nさんは、表彰状を示し、「紛れも無く

この中にあるのは天皇杯である。」「陛下に賜ったものに、なぜX線を照射するのか。」と吼えた。散々のやり取りのなか、「空港長を呼べ。もし中身が天皇杯であることがはっきりしたら、皇居に向い詫びてもらう。」ということで話がついた。さて、X線の結果、中身が「陛下に賜った」それであることが明らかになった。Nさんは、空港職員を前に半狂乱になり、皇居に向って、ピータイルに頭をこすりつけ、時に頭を叩きつけ涙乍らに陛下に詫びた。我慢がならなかったのだろう。Nさんは、呆然とする空港職員を叱りつけ、或いは殴り、皇居に向かい詫びるように強要した。搭乗後も大変だった。職員の無礼を悔やみ、気持ちが一歩も引き下がれなくなったNさんは、天皇杯を抱えたまま離陸を迎えようとした。キャビンアテンダントが、「お客様、手荷物は棚の上・」「お預かりします・・」いくら説得しても耳を貸さなかった。が、隣のお客さまに移動していただき、「天皇杯」さまのお席を作り、シートベルトをさせていただき

離陸となった。Nさんは、返還までの一年間、天皇杯にもしものことがあってはならぬと、お茶畑と自宅の往復以外に出かけることも無かった。

Nさんのお茶畑は、なだらかできれいな丘陵にあり、東南向きの理想の場所にある。土作りのために惜しまず、積み上げた水はけの良い有機物の層が6メートルに達していた。霜とりのためにまわすファンの向きや天候にも気を配り、お茶畑がむしろ自分の家という感じだった。人々は、Nさんの人柄を愛し、遠くから足をはこんでも彼の製茶したものを買いもとめる。可笑しみさえあるNさんの言動だが、愚直さが名人の評判を作るのだろう。まさに誇らしい人生。

「~倖せなんとひと問はば~」吉川英治の作である。

生活

 倖せなんとひと問はば むすめはなにと答ふらん

珠になれとはいのらねど あくたになるな町なかの

よしや三坪の庭とても たのしみもてば事々に

人生植ゑるものは多かり

格差問題が、巷間を賑わせるようになって来た。世界一平等な社会を実現したと言われる日本。その象徴として東大生が上げられる事が久しい。

保護者所得の一番高い大学が、東大であることを認識されるようになって久しい。これは、90年代半ばには定着していた認識である。明治維新で、国家予算の5割以上を義務教育に投資して現在の日本はある。どんな僻地にあろうとも、義務教育が受けられた。学校給食や養護教育、学区予防医学手法が、育んだ命、救った命が、次世代の発展の基礎となってもくれた。日本は、教育によって国家という体裁を整え、社会を健やかにし、精神的な康らぎを育んできたのだ。未だ、ODA(政府開発援助)では、円借款や無償援助などの経済支援に対する期待が大きい。しかし、結果的に確実に実る支援は、技能や技術指導も含めた教育投資だということを、多くの国際協力の専門家が指摘している。長い間、比喩された「末は、博士か大臣か」との云いは、既に死語になった。「家貧しくして孝子育つ」も見られなくなった。学問によって、身を立て、未来を切り拓く事例は、成り立たなくなったのであろうか。学問に限らず、技能技術にも限らず、日本は人的資源開発の先進国である。

 

さて、技能技術の世界に身を置く職人たちにも大きな変化がおきてきた。

義務教育を終え、親方の下で長く修行をして「暖簾分け」に預かる。弟子に所帯を持たせたり、なにかと世話を焼く。職人の世界には、独特の徒弟制度があった。耐えて年季が明ければ、人生の視界も大きく明るく開けたことだろう。しかし、昨今、大工の世界も在来工法に優れた名工がいなくなり、プレハブ住宅をプラモデルのように組み立てるご時世に変わり果てた。寿司の世界も「出し巻き玉子」を作れず、でんぶも作れない。店によっては、包丁は切り分ける時しか使えないような職人ばかりに変わり果てた。日々、情熱と積み重ねで作り上げる技に価値は見出せないのであろうか。匠にふさわしい賞賛と恩恵は、馴染まないご時世になってしまったのであろうか。経済効率を追い求め、便利な社会が出来あがる。しかし、潤いとか風情とか無形財産の喪失感が空しく襲い来る。倖せをなんとしよう。

「あなたを忘れない」~李秀賢(イ・スヒョン)氏のこと。

生活

日韓両政府の首脳陣による発言で、両国の関係に軋む音が聞こえそうである。

07年新春、映画「あなたを忘れない」が、ソニーピクチャーズの配給により全国で上映された。この映画は、10年以上も昔に、韓国からの留学生イ・スヒョン氏が、新大久保の駅で線路に落ちた泥酔者を救おうと日本人男性とともに線路内で轢死した事故がモチーフ。韓国側でクランクインした後、日本側製作者より支援の依頼があり、快諾した。その思いをプロモーション用のチラシに06年秋に印刷した。この時、映画のシナリオも原作も見ていない。もちろん、映画も撮り終えたばかりで編集など出来ていない。製作段階で、様々にイ・スヒョン氏の足跡をエピソードで辿る地道な仕事があった。救われたのは、この作業でご両親のお話が聞き漏れてくるのを耳にして、イ・スヒョン氏の人となりに思いを馳せ、人物像に少しは迫られたことだった。それにつけても、衝撃的にこの胸に映るのは、イ氏が酔った乗客を救い出せそうにないと誰の眼にも判断がついたと思われた時だ。自ら逃れる事が可能だったのに、足を広げ踏ん張り、手を大きく前に突き出すようにして広げ、その時を迎えてしまったことだった。関係者対象の試写会が行われたとき、等身大の李秀賢氏がよく描かれていると評価が高かった。製作側には、当初、疑問があった。それは、目撃者の証言。「電車が迫る中、線路に下りた。助けられないと、判断が出来たと思われる瞬間から時間的な余裕が7秒間あった。」と。証言によれば、「彼の運動能力からして、十分に安全なところに逃れる事が出来たはず」と。彼は、逃げなかった。命を捨てたのではない。命をかけて電車を止めようとしたのだ。

“ イ・スヒョン氏に捧ぐ ”~ 追悼文から1996年秋~

明年一月になると李秀賢(イ・スヒョン)氏の七周忌を迎えることになる。

日韓両国は、本来、血脈的にも地理的にも、司馬遼太郎氏や海音寺潮五郎氏が説くように、英米両国のようにあって然るべきである。両国の間には、いまだ不寛容の氷河が横たわっているように思えてならない。氷解の日まで、膨大な月日を費やさなければならないのだろうか。つきつめると国と国のつきあいも個人的なつきあいの総数に違いない。それぞれが、かの国の人を尊く思い、親愛の情を抱けるならば、政治問題化させて神経質にならずともよいはずである。

ところで、あの日、李秀賢氏の行動には、なんら躊躇が無かったように思える。困った人弱い人を救うのは、儒教の国に生まれたものとして当然だといわんばかりに。~中略~電車の前に立ち塞がったのだと聞いた。彼の本気で、電車を止めたかったのだという思いが伝わってくる。彼は、息をするが如く、ごく自然に善と正義に生きたかったのだと確信する。~中略~日韓両国が、お互い不寛容な態度で向き合うこの時代。「あなたを忘れない」ためにこの映画を支えたいと願い望んで私たちはここにいる。

伝えなければならないこと。

生活

「竹島」根深い政治問題しない解決の知恵。

   オリンピックで男子サッカーの3位決定戦が、日韓戦で行われた。

試合前、平和時の国家間戦争のようにも言われてヒートアップしていた。

朝鮮半島との間に横たわる問題は、何かと政治問題化される。また、歴史

問題として掘り下げてみようとすること自体、エキセントリックな反応を周辺から引き出しかねない。もっと自然に、国交のない国の多くの人々が、日本で暮らしている事実を受け止め、穏やかに話し合えないものか?ここに至った歴史的事実の肝腎な点だけは、若い世代も分かりやすく学習できるように仕組みが作れないか?それを強く思う。大阪に嫁いだ実妹に「どうして在日の人が、こんなにも多く大阪にいるのだろうか?」と質問された。教科書に、朝鮮半島の関わりが掲載されていても、学ぶ時間も無かったことだろう。

北朝鮮への「経済制裁発言」を見て、「真に戦後問題解決を望む発言」なのか?「政治的ご都合主義的発言」なのか?と感情的になりがちな根の深さを思う。本来は、20世紀中に解決したかった問題に違いないはずだ。

「竹島の日」制定を島根県が行い、以後、日韓間の政治問題の見通しが悪い。本来、地方自治体の自由な裁量で決めたことであり、とかく口をはさむことではない。が、ここに来て大統領の竹島上陸発言等、韓国の感情的な言動に日本も神経質になった。島根県も想定外の反応に困惑もするだろうが、頭ごなしに国家間で政治解決されれば、ことさら意地に火がつくことだろう。

歴史認識問題以前の話である。もとはといえば、半島からの渡来人が多い島根県発で、こんな話を韓国に提供してはいかがだろうか?日本では、アトランダムに写真を用意して、「東北美人だと思う人を選んでください。」というと必ずアイヌ人の特徴が遺伝的にある人を多くの日本人は選ぶそうである。それでは、「島根美人だと思われる人を選んでください。」というと「朝鮮半島の人々の特徴が遺伝的にある人を選ぶそうである。」日本人は、潜在意識下では「朝鮮半島の人々を愛しているのだ。」そして「朝鮮半島の人々に愛されたいのだ。」と。ラブ・コールは、国益に反すると糾弾されることだろうか?本年は、双方の合意で取り決めた日韓友情年である。

「2002年日韓共催サッカー・ワールドカップ」では、韓国を応援する日本人はいても、その反対は見られることが無かった。それでも、昨年の「韓流」そして「韓国のゴルフ日本ツアーブーム」で交流も上向きになってきた。シャトル航空便運行見合わせや起きてしまった大使召喚などエクセントリックな行動は、日韓相互に避けるべきものだ。大人の知恵で。

P.Fドラッガ-博士の教え

生活

  映画「もしドラ」の主役を務めたAKBの前田敦子が卒業する。映画のネタ となったドラッガー博士の教えに印象的なものがある。

それは、今から25年ほど前に出版された博士の著書にあったものである。その教えは、「利潤は、事業の妥当性を検証するひとつの基準を提供するだけのものである。」というものであった。「利潤」が無ければ、事業は意味を無さない。「勝組」「負組」という、凡そ品の無い言い方が、大手新聞紙上にまで定着しつつある。こんな時代に博士の投げかけには、立ち止まってしばし考えるだけの意味がある。「利潤は、大切だが、全てを満たす万能なものではない」

 

「企業は、紛れも無く利潤追求を行う経済組織である。」利益を上げ、多くの利害関係者に対する社会的給付機能を担っている。言い方や利益・所得の処分の方法は違えども、給与、報酬、賞与、配当、税金などを支払う。それらの支払いは多くの人々を潤す。稼ぐ事は、実に資本主義社会の美徳である。

しかし、資本主義の総本山米国をして、深く考え込ませた時期があった。

1980年代、ジャパン・アズ・ナンバー1.と日本がわが世の春と謳歌していた時、 米国は、自信を失い、財政危機を見据え、小さな政府を国をあげて取り組まざるを得ないところまで追い詰められた。結果、危機意識が生まれ、NGO/NPO団体が多く生まれ、失業率が史上最悪となる頃、相互扶助の精神とともに非営利団体の雇用吸収力は向上し、それら団体組織の雇用Hが6%程度となり、現在では12%以上に達している模様である。



活況を呈する株式市場にあって、バブルの到来を願うような記事も専門雑誌でも見かける。自ら稼いでも、銀行に預けてあるだけなら、単に通帳に羅列した数字でしかない。いくら株式の含み益を誇ってみても、換金化し、具体的に支出し、何かに交換してみなければ、実体経済に接することは出来ない。少子高齢化は、加速度に突き進んできている。子どもは、国の未来である。児童福祉は、未来との対話そのものである。その未来が危うい。

この国の豊かさとは、なにだろうか?子どもの健やかな成長の危うい国に

なんの豊かさがあるのだろうか?子どもたちが、歓声をあげて走り回ることの無い町や村に誇れるものがあるのだろうか?経済は、経世済民である。身近には家計である。どこまでも、人の暮らしとともにある。産油国とて、自然災害により原油産出や精製力が低下し、金融派生商品の暴走によるあおりを受ける。国際石油資本も自ら生み出した金融商品によって、予想を越える危険域まで追い詰められたこともある。原子力に頼らない!には、何よりも覚悟が必要だ。原発停止を叫ぶ前に、なぜか覚悟を表明する声を聞かない。

(鹿)

蒲の鉾

生活

  この夏は、予想を裏切る暑さになったが、バルコニーで育てたグラジオラスは、思いのほかよく育ち、淑女がフレアスカートを装うように淡い花をいくつもつけた。グラジオラスの花鉢は、大きめにしてゆったりと植えていたが、有機肥料の効能のせいなのかよく草も生えた。人の勝手な都合で雑草と呼ばれる植物である。差し障りない限りはそのままにしておいた。

グラジオラスの鉢の中から、旧(盂蘭)盆の前後から急に長く伸びる植物があった。穂らしいものを先につけて一気に伸びるが麦の仲間でもなさそうだった。そうこうしているうちに立派な蒲になった。蒲の先は、色づいた鉾のようにも見える。長く細い竹の先に魚のすり身をつけて、焼きあがった竹輪のようにも見える。昔、「竹輪」は「蒲鉾」と呼ばれていたらしい。理由は、先のとおり、竹輪を焼いた姿の見た目が、蒲の鉾のようだからだ。

それでは、今の蒲鉾はなんと呼ばれていたかというと、すり身を台につけて

蒸したり、焼き色をつけたりしたので「台蒲鉾」と呼ばれたらしい。本来、本家家元の蒲鉾は、なんと呼ばれたかというと竹にすり身をつけて焼いたので「竹輪蒲鉾」と呼ばれた。時代とともに呼ばれ方が変わり、「台蒲鉾」は「蒲鉾」に、そして「竹輪蒲鉾」は「竹輪」に。「竹輪」は、本家家元なのに、上の名前だけで呼び捨てにされ、「台蒲鉾」の後塵に甘んじているといえば大げさだろうか。



有為天変といえば大げさかもしれないが、ものの由来には、れっきとした理がある。そうであるのなら、それをはっきりさせておいたほうがよい。また、

「漢字の書き取り能力」については、以前から心配されているとおりであるが、学生ばかりか大人まで、携帯メールで漢字変換を行ってばかりいては、そのように陥っても仕方あるまい。漢字で表記したとき、ものの由来が明確に現れるものは、多少書き取りが難しかろうと、国語委員もそのまま受け入れてほしいとおもう。漢字の本家中国では、日本字以上に略字が進み、原型が想像できないものが多くある。また、反日感情も横において日式漢字の輸入もしている。漢字の良さは、象形表意文字であるところである。この点、ヨーロッパ語族系の文字表記は、その点、ひとつの音や文字ではなんの意味を成さないことがほとんどである。

たとえば、語源がわからなければ、「カマボコ」と「カマトト」の違いもわかるまい。「カマ」は、ボコの前につけた場合と、トトの前につけた場合ではどのように違うかがわかりにくいではないか。ところで、かようなことにほとんどの人は無頓着でいる。口角泡を飛ばして議論を挑むような国語委員は、いまだに存在するのだろうか。近年のベストセラーの中に「国家とは国語なり」の文字を見つけた。品性、品格は、服のように気軽にまとったりできないものだ。

(鹿)

フェアトレードを育てる

生活

 フェアトレード(Fair  Trade)という言葉を一度は耳にされたことがおありだろう。国際理解教育や国際NGOなどの活動に関心の高い方々には、身近な「商取引」である。「商取引」といっても、WTO(世界貿易機関)のラウンド交渉に出てくる行動規範でも、取引ルールでもない。むしろ、規則めいたものがあるとしたら、それは紳士協定に違いない。

フェアトレードとは、国際商取引上にありがちな強者が弱者から搾取するような取引を行うのでは無くて、「正当な」価額で購入し、生産者の経済的な自立

を助けたり、産業や地域の振興を助けようとするものである。いわゆる「買いたたき」や「児童労働」の温床を壊してゆくことの戦いでもある。

とはいえ、フェアトレードということばが徐々に耳にされ始めた頃、日本国内では、まだ生産者や取り扱いする業者やNGOの側に、「マーケティング戦略」や「付加価値を生む」という意識が希薄で、「自立支援のために皆で買ってあげよう」というようなレベルの活動でしかなかった。いわゆる値ごろ感からすれば、高くてひどい品質のものもあった。

この点、欧米生まれのNGOは、公益に適うビジネスとして確立させている。

「ロハス」は、すでにブームではなく、確実に人々のライフスタイルとして浸透しつつある。その生き方を選択する人々に、よりふさわしいオーガニック(有機作物)食品や衣料品、雑貨品、装飾品などが開発されている。

日本のフェアトレードの世界でもブランドが育ち、訴求力のあるカタログ誌を送り出すようになってきた。数年前からバレンタイン用や贈答用のチョコレートが売れ筋となって定着し、今では日用品や食料品にもずいぶんと売れ筋が育ってきた。

ここに至るには、消費者側の情報を的確に伝えながら、甘えを許さず一所懸命に生産者を叱咤激励し、育ててきた良心的なバイヤーの姿があるはずである。

優秀な事業者も育ってきたこともあるはずである。

 

ブラジル環境サミット以降、「持続可能な開発」という言葉が一般的なものになった。「持続可能な開発」は、大規模な経済開発に限らない。消費者に愛されるフェアトレードであるためには、消費者に支持され続ける持続可能な潜在能力の開発が必要なはずである。大量工業生産時代は、プロダクトアウトと呼ばれ、生産者が消費行動を規定した。後に成熟した社会が出来上がり、生産者側の都合に踊らず、しっかりとした価値観で消費を行う人々が社会を構成し始めた。それが契機となり、マーケットインという潜在的な需要を勘案する経済活動が常識となった。案外、フェアトレードの一番の成果というべきものは、マーケットインという志向の全地球的な定着かもしれない。

(鹿)

どうやって、みんなは喰っていくんだろう~世界食糧事情

生活

 食料とエネルギーの枯渇が心配な地球。経済協力開発機構(OECD)と国連食料農業機関(FAO)は、2017年までの農業アウトルックを共同で公表している。バイオ燃料向けの需要増加を背景に農産物価格は高水準を今後も維持すると予想されている。高め安定は、農産物輸入大国の日本でも、しぶしぶでも十分承知できる内容である。

トウモロコシやサトウキビからつくるバイオエタノールは、地球環境にやさしい「緑の燃料」として、現在でも生産が急増しているが、今後の生産供給はトウモロコシの高騰で、今後の見込みは不透明である。

問題は、OECDの担当者の発言は、需要と供給からくる価格の高騰が予想されている点を認めていること。要旨によれば、「バイオエタノールや食料需要の増加で、農産物の価格は2016年までに20%~50%増加する」と述べている。

が、予想はトウモロコシなどの需要増で悪い方向にはずれそうな気配である。

公表済みのアウトルックによれば、2007年から2017年の10年間の平均が農産物価格予想(トン当たり平均)をコメが326.0ドル(1996年から2006年までの過去10年平均は、238.2ドル)。小麦が、183.2ドル(同152.0ドル)としている。暑いさなかにも、誠に首筋が寒くなる思いである。

先進国の中で、突出して食料輸入が多い日本。安全保障上の問題に加え、地球環境の悪化による農産物生産のリスクを考えると危機的な状況におかれている。農業問題は、本来、命の問題であったはずなのに、にわかにあわてふためいている。他方、大都市の近郊農業など経済作物を上手に生産すれば、生活の向上や社会貢献が期待できそうな地域であっても、残念ながら後継者難から、営農を断念して宅地化するところもある。農家と消費者の両方に損失である。

日本の空の玄関成田からさほど遠くないところで田畑が荒れているとも聞く。大都市圏にあって、その場所にあった作物の生産を目指すことは、地産地消につながり、食育にもつながる話でもあるはずである。TPPなどを見るまでもなく、基本的な国家戦力に不安が増す思いである。



農業は大変だが、自然と格闘しながら暮らすことは、創造的な感じがするし、第一健康的である。なんとか、若い人たちのUターンやJターン、いやIターンでもよいので就業が図れないものかと思う。いや、考え方によっては、自分や家族の安心で安全な食生活を図りながら、遠距離通勤に励むのもよいかもしれない。朝は、早起きをして雄鶏を起こす。田畑仕事や草木の手入れをしてから通勤にかかる。多少、眠たいかも知れないが、ストレス過多で苦しむことはなさそうである。それでいて、近くに温泉があれば言うことがない。いまだ高い生産性の革命を起こせていないニューフロンテイアが日本にはある。

(鹿)

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