9月2012

企業の起源をあらためて考える

生活

 情報技術の開発速度に、多くの企業はついていけなくなってきている。他方、さまざまに社会的に有為な人材は必要とされ、CSR(企業の社会的な責任)が、専門職大學院や社会人向けビジネススクールでも、ごく普通に取り上げられるようになった。世知辛い社会でもあり、モラルの欠けたビジネスマンの出現が目に余ることもある。「光強ければ影も濃し」といった感がある。

さて、小生はもともと会計学徒である。したがって、よく企業起源や株式評価法について尋ねられることも多い。株式評価方法については、投資目的で取得した株式の評価法は、会計学、商法、税法に細かく規定があるので、ただ意図するところを話せば事足りる。問題は、財務戦略上の株式評価の高め誘導策が、米国で広まった収益還元評価法によってゆがめられ、また国際会計基準上にも欧米の世界戦略が見え隠れし、憂慮すべき自体になりつつあることだ。此処はやはり、歴史に学び原点に学ぶべきである。

 

小生は、企業起源を一般の方には、西暦1600年の東インド会社としている。日本では、関が原の戦いがあり、日本の土地本位、稲作本位国家の成り立ちと欧米の資本主義との対比が面白く眼に移る。さて、この会社は、欧州で投資家を募り、船を建造し、食料その他必要物資を調達し、船員を確保し航海に出る。東南アジア・インドネシア方面で主として香辛料を仕入れ、戻り、全てを清算する。これは「当座企業」と呼ばれる形態である。お気づきだろうか?

この時代の企業は、一航海のための企業であり、一企業イコール1プロジェクトである。企業員は、乗組員であり、船板一枚生死をともにする。カンパニー

とは、ここでいう船乗り仲間が語源であり、実に熱い思いの篭った意味がある。

一企業1プロジェクトの一航海企業は、やがて「丈夫な船」や「公開技術の発達」「資本調達規模の拡大」により、幾航海も可能な企業に成長する。そうなると、ひとつの船で第一航海、第二航海、第三航海の成績を比較検討して、配当や費用の配分を考える必要がでてきた。「期間損益計算」の出現である。それ以前は、「航海後の財産処分」に備えた正味の財産計算が重視されていたのだが。

 

コンピューターや様々なソフトウエアは生まれてきたが、実は企業の損益計算原理の考え方は、殆どこの時代から変化が無い。むしろ、情報公開や会計監査による信用創造に心血が注がれてきた。1929年の世界恐慌も、「過度の固定資産への投資による流動性の欠如」や「交通手段や通信情報発達により生まれた信用経済の膨張」が引き金になった。今もその危うさがありはしないか。 シェ-クスピアの活躍した関が原の戦いと同じ時代(西暦1600年頃)も、その舞台で、「人生の貸借対照表は」と大いに問うている。