9月2012

日本史は、司馬遼太郎で学べ!?

生活

 中国との尖閣諸島領土問題は、憂鬱な空気をもたらすに十分である。中国の市民の反日行動は、何をやっても許されるような風に見えて、日本国内の対中感情をいやおうなしに刺激してきた。過去、対中政策についてはODA(政府開発援助)の有り方、特に「対中戦略」や「対東南アジア戦略」に政府や議会が感情的になりすぎていないか?という声が圧倒的であった。実は、「中国は、円借款において一度も滞ったこともないODA優等生である。」非のない相手に意見をするのであれば、品位に欠ける言動はいかがなものだろうか?。空港をはじめとする主要な交通インフラや技術支援に代表される無償援助などは、成功例に枚挙がない。感情的な言動は、積み上げた陰徳を吹き飛ばし、功徳も無にすることにもなりかねないだろう。

タイは、既に「ODA卒業生である。」が、バンコックの地下鉄整備には日本のODAが貢献し、感謝されている。資金は、日本、受注はドイツのジーメンスということで、とかく議論に上げられた。Aseanと中国の結びつきは、日本と雲泥の差がある。民族的な血縁の強さもあろうが、Asean諸国では、中国語が本当によく通じる。ほっておいても中国と結びつきが強まる一方だけであろう。ODAは、どうあるべきか?本来、日本外交の平和的強力なカードである。

先日、大手商社関係者から意見を伺うことも叶った。彼らには、「日本人自身の歴史への無理解。」や「アジア諸国への歴史への無理解。」が、やがて日本の不利益を大きくするという危惧を幾度となく伺った。“「日本史をまともに学べない学校。近代史をまともに学ばない学生。」に何を託せるとおもいますか?“”「日本史は、司馬遼太郎から学べ!」とでもいえばよいでしょうか?“などの発言は痛烈であった。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」に描かれた日露戦争。頭が狂うほどにシュミレーションを繰り返し、「戦略」「戦術」「戦務」にルーチンワークを構築する様は

凄みがある。日露戦争勝利から百余年。ロシアは、北方領土問題や対日勝利行事を粛々と実施しながらも、大事な石油や天然ガスのお買い上げや開発投資のお客様である日本。その誇りを傷つけるような商人にあるまじきはなさらないようだ。筋金入りの商人かとも思う。

日露戦争勝利百余年、他方、朝鮮半島にとっては、屈辱的日本の保護国下にされて百余年。とかく加害者は、相手の痛みを忘れがちである。しかし被害者は、いつまでも痛みを忘れない。相手の立場にたって、考えましょうと、学校では繰り返し教わったような気がする。いつもこちらから推察するような態度では、いつまでたっても感情の溝は埋められまい。相手の立場にたって、まず何を考え、思うべきか?国家規模で、そして個として考える時が来た。

日本全体で、歴史に何を学ぶべきか考えねば。“司馬遼”まかせも程ほどに。