9月2012

豊かさと国のあり方

生活

 長寿世界一を今年は、日本が香港に譲った。この手のことは、ニュースになりにくいように思う。なぜなら、いつものことと、折込済みのニュース感があるからだ。

しかし、これはどうだろうか?「90歳以上の老人が100万人超」は。

65歳以上の人口が、ほぼ20%で国民5人にひとりの割合。いよいよ

超高齢化社会の到来という感慨もない。なぜなら人口の7%~8%を超えた段階で高齢化社会という言われ方の洗礼を受けて久しいからだ。さて、体に障害をもつ人の割合は5%程度といわれている。高齢者の体の機能も衰える一方だから、部分的にしろ体の機能が衰えた人や何かしらの障害を持つ人も多い。問題は、この国では障害者手帳を持つ方や老齢による体の不自由さを持つ人まで含めて、社会的理解が進まないと自治体や社会福祉団体を嘆かせていることだ。社会は、人を幸せにするために創られたに仕組みに違いない。「人は人を支えるためにある」と信じたい。しかし、肝心のヒューマン・ウエア自体に、不具合が出てきているのは何としたことだろうか。



敗戦の失望と廃墟の中から、ひたすらに懸命に働きぬいた世代が、支えつづけて今の日本の繁栄はある。第二次大戦後、皮肉な言い方をすれば、どの社会主義国家よりも「平等感」のある社会を実現し、どの国よりも世代間扶助の理想的な社会保障を一度は実現して見せた。これは、世界に冠たる誇りだろう。本来、世界一といわれてきた治安の良さは、国民の勤勉さとその努力に応える国家の約束事のような関係そのものだった。いかがだろうか?ながらく家庭のモラルは、長幼を基本としてきた。嫁が、長男が親を看取ることは当たり前のようにされてきた。世代間扶助を支える財政的な根拠も薄れ、中高年の雇用の受け皿として老人介護労働が定着した。これまでと違った価値観を持たねば、この世は棲み難い。社会保証上の不満は横において、まず社会の構成員として世代間扶助や地域における相互扶助の教育が必要だろう。

箱ものは、有り余るほどある。やがて住宅も自然な人口減から買い手市場になるだろう。オフィス街も再開発高層化や環境対策・温暖化対策から居住の快適性も増す事だろう。バリアフリー社会も公共交通機関などから実現しつつある。時間的な余裕を取り戻せた世代が、体の機能が不自由になることで芸術や文化、人とふれあう機会を逸することは、なんとも不毛な人生を強いるように思える。豪州の国是は、Living Together 「共生」。普通に生きても、永い人生である。これからの日本の国是は、「ともに生きて愉しもう。」くらいの精神的豊かさを持ちたいものだ。長寿の次は、豊かな人生世界一を。