9月2012

国内で困っている人を差し置き、なぜ海外に支援を行うのか

生活

 リーマンショック以降、繰り返し襲ってくる経済禍。それでも日本は先進国の中でも比較的被害が小さいと認識されている。そうはいっても、円買いはあっても、株価指標は上昇傾向へ、なかなか脱しきれていない。思うに日本は、今はいたずらに楽観も悲観もせず、少子高齢化などにより坂を緩やかに下るのぐらいの気分でいるべきだろう。

率直にいえば、「経済は一流ではない」(借り入れ財政はGDP比先進国で最低、ひとり頭のGDPはOECD参加国34国の中位)と自覚すべきである。まさに、我々には現実を直視した心構えが必要だろう。

 

話は変わり、人道支援を食料の面から行うWFP(国連世界食糧計画)の啓蒙資料に目を通してみたい。紛争や内戦、洪水、旱魃、そして絶対的な貧困などから、「餓え」に苦しむ人は、8億5千万人以上、世界の人口の7~8人に1人に相当。このことが、5歳未満の子どもの餓えが原因で、命を落とす理由として圧倒的な深刻な事態になっている。WFPでは、およそ9000万人~1億人に食糧援助を行っている。この10年で途上国の飢餓は、急激なペースで増加。逆に援助食糧は各国の財政悪化もあり、2000年以降後退基調にある。

無理もない面がある。異常気象や旱魃、洪水などさまざまな理由により食料価格が異常気象による高騰。さらに、原油高等による運送費の値上がり、援助食糧財政は、いよいよ厳しい局面を迎えている。先進国のアフリカへの貧しい地域などへの関心が未だ低く、飽食で町に食べ物があふれているのに、支援は一向に行き渡らないでいる。「我々は、食糧支援を通じて“未来”を届けている。と説明しているとWFPは訴えているが、至言だと思う。

 

日本国内では、経済の急激な原則や社会構造の変化に対応できない社会的弱者は、確実に増えてきている。しかし、今日を生きるための食料に事欠き、餓えて斃れてゆく人が多くいるわけではない。むしろ、わが国を含め、温室効果ガス排出など、先進国の犠牲になっている怒りの矛先のむけ場のない国際社会の弱者に支援をおこなうべきではないだろうか。この場合の支援は、誇らしい節度ある気分ではない。自発的であるべきだが、義務感に近い気分である。

 

ここ数年日本は、周辺の東アジアは領土問題という名の利害が複雑にからむ

国難にまみれている。平和裏に問題を解決しようとするならば、国際的な機関で自らの思うところの主張をすると同時に、多くの同意者を必要とする。

支援者を財貨で釣ろうというわけではないが、困った人々を救う気持ちを惜しまない国家的な印象が、陰徳となってどれだけ自らを援けることになるかと。