10月2012

国際協力の現場で、よく用いたパレート図

生活

 パレートの法則と呼ばれるものがある。別名では、80/20の法則などと呼ばれる。経済学者のパレート(Vilfred Pareto)が発表したもので、一般的には「社会全体の冨の80%は、20%の人によって占められている。」とか「全体の20%が全体の80%を独占する。」という言い方で紹介されている。もうすこし、

掘り下げると、「所得の分布において、全体の上位20%の高額所得者に冨の80%が集中し、残りの20%の冨を80%の人に配分される。」というものである。このことは、様々に応用され、多くの人に経験則与え信じられてきている。

80/20の法則は、積極的に活用することで多くの人の潜在能力や科学・経済発展を支えてきている。さらに踏み込んでみたい。

 

たとえば、プロ野球選手の場合、並みの野手の打率は、2割5分程度である。

元メジャーリーガーの新庄剛は、意外なことにプロ野球選手としての生涯打率は並みに終わっている。信じられない方々への説明としては、記憶に残る鮮やかなパフォーマンスと華麗な守備や勝負強さが好印象を支えているのだと思うと言うべきか。さて、一流の野手の打率は、3割越えである。2割5分の20%増しが3割である。成績は、2割増したが、パレート先生の語られるように3割打者が野手の年棒予算の80%を抑えてしまっている。かつて中央競馬会を席巻し、鮮やかに引退したデイープインパクト。彼は、強い馬ではあったが、一流のサラブレッドの速さは、中央に集うエリートサラブレッドの数倍もスピードがあるのではない。鼻の差、頭の差、馬身差程度である。圧倒的的に強いというイメージは、数馬身差を離すイメージなのだが、走る距離に比してはわずかの差としかいいようが無い。結果として、一流のサラブレッドは、わずかの差を積みあげて勝率を高め、20%増しの勝率で他の馬を圧倒する賞金を掻っ攫ってゆく。

 

話を変えてIQ(知能指数)のこと。IQが、普通の人の場合、大方100程度である。20%の増しの120では、ゆるぎない秀才である。普通の人の20%

減のひとは、知的に障害を持つ人である。才能の「才」の字は、「わずか」と読む。批判を省みず言えば、たいした差ではない。ただ、20%の差が、人の生涯を通じて、可能性の扉を多くしたり、閉ざしたりしてしまう。才能の開花のさせ方が重要であり、ここに集中すべきである。

 

この悲喜こもごもの80/20の法則を積極的に活かすには、どうしたらよいかと国際協力の現場で使ってきた。仕事の大方は、技術移転や食糧増産の場で用いてみた。最初で、まず現状分析を行う。お手盛りであってはならない。目的は、あくまでも、改善とその成果を得ることである。パレート先生の説く「冨」の支配と分配問題を「問題点」の分布に置き換えてみるのだ。

 

その昔、世界史の教科書に出てくる街でビールの原価管理を教えたことがあった。原価管理以前に破損品が多く、「損失」をなんとか防げないかと考えた。単純に原因を追求しようとすると現場は責任をとらされるのではないかと混乱する。そうではなくて、「あきらかな問題」、あるいは「重点的に解決すべき問題」にどのように取り組むべきかを決めることが重要である。

 

まず、「品質管理上」または「生産管理上」、もっとも立ちふさがる問題となるのは「何だとおもいますか」とアンケートを取ってみた。それを項目にまとめて、現場で全員参加で検証してみた。従業員の指摘は、皆、的を言い得ていた。そこで、視覚化して問題点を皆で共有しようと試みた。QCサークル(品質管理運動)で、「七つ道具」のひとつといわれる「パレート図」の活用である。

縦の軸には、% の目盛りをつける。横の軸には、「問題点」の項目を占有率の大きなものから並べる。

結果からいえば、ビールの生産過程では、「瓶詰め充填機」「王冠」「ビール瓶の品質」「製品送り出し機」に問題があり、これらが全体の80%程度の問題を占有していることが明らかになった。様々に工場内には問題があるのだが、上位20%の深刻な問題に、全力を挙げて取り組むと劇的に結果が変わることを説得してことに当たってもらった。結果は、火を見るより明らかであった。

 

パレートの法則、パレート図は、発表された時の初期の目的をはるかに凌ぎ、さらに意義ある形で今日活用されている。問題を分析し、解決すべき問題の種類、優先順位について、見る人は必ず正しく理解が出来る道具である。小職は、国際協力の現場で、「眼で見る管理」を推し進めてきた。議論を行うことより、問題点の共有がはるかに確実で、早く問題を解決できることを経験してきた。財政問題や人的資源問題で知恵を絞り、汗をしなければならない自治体や公共事業体においても、パレート図は有用である。協働の場で、大いにパレート図の活用コンクールがあっても良いように思っているがいかがだろうか?