10月2012

本気を出しているのだろうか。大震災復興事業。

生活



もはや、外交ばかりでなく、内政も活動が停滞しているのが常態化しているように思える。政府や与野党の批判をいたずらにするつもりが無いが、過去の民主党議員の命をかけた行動を思い出したので触れておきたい。

それは、故山本孝史参議院議員のことである。

山本孝史議員は、平成18年の参議院本会議で自らの“がん”を告白し、「がん基本対策法」と「自殺対策基本法」の成立を訴えた。

がん患者である当事者の訴えは、衆参両院、政党を超えた議員らの心を動かし、法案の迅速な成立に繋がっていったのである(詳しくは、山本ゆき夫人の「兄のランドセル」:朝日新聞出版に詳しい)。

 

東北の自治体は、財政に余裕がまったく無く、国の予算づけに頼るしかない。

福島県は、東京電力の賠償金・補償金の支払いを見込めるが、力を失った東京電力も速やかな賠償金補償金の支払いのために、原資の用意で国の支援を結局、受けざるを得なく追い込まれたのが実情だろう。ところが、国会で予算案が通過しても、予算が十分に執行されない。実務者が不足していること、現場に人材が不足していることも明らかである。悲嘆の雪が被災地の人々の胸のうちに降り積もらないうちに迅速に解決をせねばなるまい。

 

近隣国との摩擦ばかりに目が行きがちになるが、大きく世界に眼を転じると欧米の景気後退と財政破綻は、リーマンショックよりも大きく深刻である。新興国の成長が、世界経済の推進エンジンになってくれれば良いのだが、どうも簡単ではないようだ。かような時に、日本の政治は、内向きの政争に明け暮れているようにしか見えない。長期的展望にたって、日本の建て直しをできるようなリーダーは、政界には現れにくいものなのだろうか。

過去の典型的な政治家と比較すると、演説や答弁が立て板に水といった感じの議員は増えた。ただし、自分を選挙区向けに売り込みたい、あるいはイメージアップを効果的にはかりたい、そんな思いが見え隠れするように思われる。

受け手のほうも、単に目立ちたいだけなのだろうとか大衆迎合いうの批判の声も大きい。

 

「はじめに言葉ありき」なのだから、言葉には本来大きな力があるはずでる。

前出の山本孝史氏は、5歳のときに、小学校2年生の兄を交通事故で亡くしている。山本氏は、交通戦争と呼ばれるくらい年間交通事故死が1万人を超える70年代から、交通遺児に進学の夢をかなえさせる「あしなが運動」に尽力してこられた。氏の言動は、当事者の問題として、立場の弱い方の代弁者として行動されてきただけに、人の心を揺さぶるものがあったのではなかろうか。

東日本大震災の被災者の数は膨大で、経済的な損失だけにとどまらず、被災者の方の精神的な打撃は図り知れない。財源確保や経済支援は容易ではないだろうが、本気を出して取り組んでいるのだろうかと、疑われるようではつまらない。当事者の立場で真剣に取り組まねば、将来の日本に禍根を残すだろう。