10月2012

NPOやNGO活動を楽しむ

生活

 去る10月の6日は、日本国が定める国際協力の日であった。この日を

中心に10月は、全国津々浦々で国際イベントが多く催行される。

 

垣見一雅さんという方をご存知だろうか?ネパールの貧困山岳地帯での長年にわたる活動で吉川英治文化省を受賞された方である。氏の受賞の折に小職は、受賞記念パーテイーに出席した。もともと垣見さんとは交友関係もなかったが、彼を支援しているグループを通じて人となりを知り、自然と支援の輪に入ってしまった。垣見さんは、一年のうち7月から8月の雨期を除く10ヶ月をネパールの貧しい村で過ごし、村人と相談をしながら彼らの自立支援を手伝っている。7月から8月は、雨によって道路がぬかるみ、人の往来や物資の輸送が困難となるため、日本に帰国して現地の様子を紹介。また、支援者に対して、実に丁寧で細かな報告を行っている。

 

垣見さんが、ネパールに移り住むようになったのは、1990年のヒマラヤ登山中に雪崩に巻き込まれ、お世話になったポーターの男性が亡なくなったことによる。垣見さんは、1993年に教員を辞めて首都カトマンズの西方、バルパ地方ドリマラ村で暮らし始めた。亡くなったポーターの男性の故郷だった。「自分の余生で村人のために何かしたい」という思いだった。

張り切ってしまい、失敗したことも多くあるという。そのため、自ら定めた支援10ヶ条の第一は、「続けるためにがんばらない」ということである。

これは、NPO/NGO関係者の気持ちを軽くさせてくれる言葉だろう。

 

「市民のために」とか、「社会正義のために」と言うことは容易い。しかし、もともと財務基盤が弱く、人の善意が唯一の財産。NPO/NGOに行政のような予算処置ができるわけもない。行政ができないような木目細かなことを市民レベルで取り組むくらいの気持ちでよいと思う。事業の継続性が、広く望まれるのであれば、自ずと行政との協力事業として存続することもあるだろう。続けることばかりが第一義ではなかろう。まずは、役立つ事業であれば良いと思う。

 

他方、社会の少数派のための仕事でありながら、事業効率が悪いとされながらも絶対に必要な事業もある。福祉事業などは、その典型だろう。児童生徒の保護者に、公的サービスに一定の受益者負担を求める教育関係の事業とちがい、福祉事業における受益者負担は、物心両面における負担感において重さの感じ方がずいぶんと違うものである。利用者に一定の受益者負担を求める”事業型NPO”は明らかにな需要があっても、固定的な利用者によって事業が支えられていても、傍から見るほど楽な仕事ではない。垣見さんの仕事の10ヶ条の最後に「自ら楽しむ」とある。本来、自然発生的に興ったNPO/NGOなのだから、自ら楽しむ気持ちは大切だろう。いや、必須事項かも知れない。行き詰まらずにNPO/NGOを継続する最大の経営資源かもしれない。いかがだろうか。