10月2012

苦味を理解できるということ

生活

 実りの秋を迎え、ビールがおいしい季節になってきた。近年、発泡酒や第三のビールが市場占有率を急激に上げてきているが、適度に冷えたビールの苦味が、一段と、心地よく五臓六腑に沁み渡る。つまみも旬のものなら簡単でよい。ビールは苦味があるから、その苦味の源のホップが利いているから旨いのだが、断然、子どもには分からない旨さである。初めて飲んだビールが、旨いと感じられる人は稀ではなかろうか。極度に苦味を嫌わないでも、少ない量であってもアルコールに足元をすくわれたり、胃に不快な感じが残ったり、顔がほてって思考が停止した経験をした人も多いはずである。私たちは、苦味をおいしく感じられるように時間を投資して学習をするのである。

芽茶苦茶(めちゃくちゃ)という言い方をする。

芽茶とは、どういうことだろうか?

日本では、葉を蒸したり燻したりして製茶する。

中国では、若い芽を摘んで製茶するのだが、素材の良さを生かして単純明快に製茶する。中国では、まず芽茶をゆっくり啜って味わう。そして、二番茶、三番茶となると次第に苦味が増してくる。味わい方を変えるべきなのに同じように味わうと、味わい方を知らぬもの、「芽茶苦茶」ということになる。

 

いやな言い方をするかもしれないが、3.11以来、この国は苦味をずいぶんと味わったはずである。工業製品生産拠点の集中している東北が、被災したことでDGPの下げ圧力につながったのは仕方ないが、原発事故による健康被害から始まる把握しきれないほどの被害には、今も驚いた口がふさがらない。

未だ、原発の事故が終息したと言い切れない状態であって、きな臭い領土の問題や確信的な領海侵犯行為もあり、平和であったと感じられていたのは、実は内向きの姿勢で見る幻影に過ぎないかもしれない。

1985年のプラザ合意以後、相対的な円高の影響があり、国内生産では国際競争力が無いと中国や東南アジア、東欧に海外進出が続いた。現在は、人民元外為相場の不透明感や不動産バブルの崩壊懸念はあるが、国内生産で国際競争を勝ち残るのは困難だと、再び追い立てられるように企業が海外進出した企業やビジネスマン。震災の苦味とともに日本の国家観が、2011年を境に大きく変わった可能性がある。景気回復が達成できない時期に、さらに重症を負ったこの国で、治療方針やリハビリ計画も立てられない主治医が指揮をとっているようで。

苦味がおいしいと理解できるのは大人だが、大人になれば必ず理解できるというものでもない。味覚を養うことが大切である。質の高い学習の積み上げが必要である。苦味を味わい、よい糧として生かせるか未来が問われているのだ。