10月2012

心がこもっていて、実直

生活

 この言葉は、司馬遼太郎氏が、ある人を評していった言葉である。

どんな人だったのかといえば、知的で人としての素養も十分。そして、「心が、こもっていて」という観察はどこから来るのかといえば、「訥弁」。つまり「どもり」ということであった。「えっ」と声に出して意外に思われた方もおいでかもしれない。司馬氏によれば、「訥弁」の人は、おしなべて誠実な人が多いとのこと。そして、実直で親切な人が多いという。話を真面目に聴いてくれる人に「わかりよい話をしよう」、「真面目に話をしよう」「適切な言葉を選ぼう」と過度に緊張を自ら強いることによって、訥弁になるのだと。立て板に水というような人より、悠に評価に値するのだということである。



昨年、注目を集め、アカデミー賞の部門賞を最多で受賞した作品が、「英国王のスピーチ」であった。本年、日本では東山紀之主演で舞台が製作された。作品では、現英国女王エリザベス女王Ⅱ世の父君、ジョージ6世の訥弁克服の努力は、艱難辛苦そのものであったこと。そして、その背景に乳母から虐待や食事を与えられなかったという幼児体験に加え、容姿端麗にして能弁な令兄のいじめなどもあり、心を閉ざすようになったと映画中では示唆が。訥弁を克服し、ナチスとの戦争のため国民を励ますスピーチは、実に圧巻である。

 

さて、現在の日本国首相は、演説をウリにしてきただけに、なるほど「立て板に水である」。震災復興や欧州経済危機、領土問題、社会保障と税の一体改革、原子力政策等々、丁寧に語らねばならないことは尽きないが、事情によっては「沈黙は金」。

お隣の李統領も任期が、任期残りわずかとなってからの言動が目を引くが、民間出身をウリにトップセールスの成果を誇らるが、外貨獲得や国際的な

地位を高めることに、一生懸命であることは認められてもウォンの為替水準

を見る限り、意図的に国際貢献を国力に比してあまりにも小さくしていると

思うのは、小職の歪んだ見解だろうか。

さらに世界が、自国のためにあるように言葉を尽くして雄弁に語る中国首脳。

いまや米国とならび称されるスーパーパワーとなり、外貨獲得や海外資源権益

の確保、軍備拡大に余念がない。人民元は、変動させていると主張するが容易に管理できる状態であり、米ドルと固定相場を敷く香港ドルと実質は変わらない。貯めることと覇権争いに熱心だが、国際貢献には思いのほか熱心ではない。

翻って中身のないことを雄弁に語るわが国の為政者、そして、自らを利することには大いに吼える隣人たちに囲まれている今、心がこもっていて実直な友人を大いに持つべきは、わが日本国自身ではないかとつくづく思い知らされる。