10月2012

自助・自立・自強

生活

朝晩の冷え込みを意識する時節である。東北の被災地の方々の暮らし向きが気になる。比較的復興の早かった神戸淡路、その震災後に困難な自立を決意した人々は、十分な準備も無いままに屋台を引き、あるいは、軒先を借りて店を出すなどして、苦労はかなりあったが、結果として生活を早期に立て直すことができたと聞いた。他方、年老いて病気を抱え、健康を保つことが難しくなっ人々。そのような社会的弱者が、冬場の寒い時期に、暖房燃料の過度な節約で低体温症を引き起こし、亡くなられた例が多くある。社会福祉といえども財政難でもあり、執行予算が限られており、無条件に支援も出来ない。国際協力の世界では、無償の支援でも自立を引き出す役割がなければ意味がないとされている。晩年に過度の節約を強いられ、低体温度症で逝くなどと痛ましい。



ところで、作家の曽野綾子さんは、日本財団の理事長を10年に渡り勤められたが、福祉に関しても一家言を持っておいでである。その曽野さんが、近著で“個人的な記録”をまとめている(「揺れる大地に立って」~東日本大震災の個人的な記録:扶桑社)。曽野さんが、たったひとつ心がけたのは、「普通の暮らしの空気を失わないこと」であると。東日本大震災以降、辛い話が多く、そのことを「人間は嘆き、悲しみ、怒ることには、天賦の才能が与えられている。しかし今手にしているわずかな幸福を発見して喜ぶことは意外と上手ではない」と。東日本大震災を第二の戦後復興のように表現する人も多い。が、現代と敗戦後の時とで決定的に違うことは、後者があらゆる支援が無く、みんな必死に努力して生きていたということ。社会的支援は、戦後復興期に比べ、制度の面や質においてはるかに恵まれているということがわかる。



さて、本来の社会福祉の場合、一方的に与えるというような支援で良いはずがない。あくまでも、人々の自助自立を援けるというものでなければ。そうなると、どうしても体が不自由で、人の助けがいつも必要な方を別にすれば、被災地の高齢者といえども、心の健康のためにも「上げ膳据え膳」で食事を提供されていると、社会的な弱者に親切なように見えて、実はその人の他者のために役立とうとする気持ちを奪ったり、支援を受ける人に有り難味が忘れられたりするようになり、かえって幸せになる機会を壊してしまいかねないと。

東日本震災復興支援事例では、復旧期の早いうちから被災者同士で仕事を生み出し、自治体と組んで被災者の現金収入(キャッシュ・ワーク制度)を確保し、自らが住まった地域の復興支援のために、後片付けの仕事に真剣の取り組んだところは、地域の団結とともに、自治体との協働体制も築けて、地域の復興事業への着手も早かった。仕組みづくりや運営のお手伝いという意味でも、自助、自立そして自強を後押しできることは、支援者の自信や勇気の源泉となり、実に誇らく晴れがましいことだと思う。