10月2012

デラックスなランチの6食分の頭の栄養

生活

 初めて、ピーター・F・ドラッガーを読んだのは35年前だった。

大学生だったときだが、学食で一番デラックスなランチの6食分だったので、

一瞬ためらったが、ナポレオン・ヒルの著作の「頭髪の手入れには金を惜しまないのに、頭の中を豊かにすることには金を惜しむことに疑問を持たないのか?」という一節を思い出し買った。ベストセラー「断絶の時代」のことだ。

ドラッガー先生のことは、その後も意識することが多かった。社会科学を学ぶ以上、学問としての傾向を身につけることは出来ても、自然科学のような再現性を伴うような真理に出会えず、釈然としないことが多かった。

ドラッガー先生の著作の中で、「適正な利潤が、得られているということは経営が適正な利益を獲得していることを示しているに過ぎない」は、今もよく思い出す一節である。



一昨年、ベストセラーになった岩崎夏海氏の“もし、高校野球の女子マネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら”~“もし、ドラ”~が映画化されて昨年話題になった。AKB48を今夏卒業した前田敦子と峯岸みなみが、主演と助演で活躍したこともあるが、難解そうな経営書をファンタジィー仕立てたところが良いのかもしれない。

「高校野球」の定義は?「高校野球」の顧客は?「高校野球」が、マネジメント可能な理由は?と、小気味良いテンポで話が進行する作品。理工系が人気というAKB48世代の男の子たちも惹きこまれ、経営学に興味を持つようになるかもしれないし、今後、経営学部の難易度があがるかもしれない。



さて、日本の経営学の祖といわれる古川栄という先生がいらっしゃった。

思い切った見識を著作に残されていて印象的だった。その要旨は、「経営学という体系的学問のような言い方よりは、経営術といういい方のほうがふさわしいかもしれない。なぜなら経営は、携わる人間の能力資質によるところが大きく、同じ手段方法の選択を行っても大きく結果が異なる場合がありえるからである」と。ならば利害の調整をおこなうような政治学も術に相当すると考えたほうが良いかもしれない。数が正義と誇っても、信が無ければ為政者は無力であるのも一例。「もし、ドラ」を「もし、高校野球の女子マネージャーが鎌倉時代の民衆教化の本を読んだら」の「もし、鎌」や「もし、高校野球の女子マネージャーが論語を読破したら」の「もし、論」などがあってもよさそうな気がしてきた。難解そうな本でも中学高校生やビギナーに、分かりやすくエッセンスを伝えるのも大切な教育、社会貢献。尊い智の蓄積につながるに違いない。