10月2012

東インド会社と減価償却とサラブレッド

生活

 企業体がいつ生まれたかについては、諸説あるところ。小職は、東インド会社の活躍した時代を支持している。この時代は、西暦1600年。日本では、言わずとしれた関が原の天下分け目の戦いがあった。地球上で、大きな変革がうねりとなっておこされた時代である。さて、ここで取り上げる東インド会社の背景には、大航海時代の到来と欧州強国の植民地政策、国際的な経済活動の広がりがある。東インド会社の主な仕事とは、アジアに大航海を行って、現地から質の高い香辛料を運んできて儲けの大きい商売を行うとして、配当の高さをうたい文句に欧州で出資者を募る。

大航海を行う船の建造や調達、人的な資源や燃料食料にいたるまでが企業の

資産である。資本(金)は、具体的に収益を生み出すためのものに投資にされる。資産とは、収益をあげるために投資されるものであり、収益に対応した部分が個別に費用として認識される。この大航海を行う船と乗組員が、一体となって危険と隣り合わせで事業をするこの企業は、原則として1回の大航海が企業の一生に相当する。この企業の形態は、「当座企業」と言われるが言い得て妙なるものである。この当座企業は、大航海に失敗すれば、全てが損失である。また、大航海が成功すれば、香辛料の販売に加え、船自体や設備その他も全て

売られ配当される。決算というよりは、清算というイメージに近い。

つまり、大航海時代の当座企業は、「一企業が一航海」「一企業が1プロジェクト」ということになる。複式簿記は、イタリアの商人達の間で、この時代に確立し、現代まで脈づいてきている。つまり、現代の複式簿記は、この時代の

商慣習や会計の原理原則を血脈として現代に伝えてきている。血統の中に、現代に馴染まない問題を抱えていたとしても可笑しくない。ところで、当座企業で不都合なことが最初に起きたとすればどういうことだったであろうか?

多分、航海機器などの発明などにより、航海技術が発展し、「一航海一企業」

の図式が壊れた時だとおもう。つまり、投資家に航海の成果である香辛料の持ち帰りと販売の成功がもたらされ、全てを売り払って配当をするということが無くなり、船が複数回の航海を行うようになると費用の配分が問題となる。



例えば、「収益の認識」は、大航海が終わってからの香辛料の販売によるので、発生や出来高も明確に認識できる。だが、「費用の認識」は一回きりの大航海時代は、航海中に発生したものをすべて計上すればよかったのだろうが、複数回の大航海をおこなおうとすれば、それぞれの航海時に「発生した費用」や「実現した収益」を勘案して計算し、配当する必要が生まれた。つまり、因果関係が明確であれば、収益と費用の「個別的対応」を行い、それが困難なものは、「それぞれの航海中に発生した期間的な対応」を行うということである。

 

航海を「一年単位」に置き換えた時、一年を企業会計機関と認識することがはじまり、「一年以内に費用化する資産を流動資産」、「一年を越えて費用化する試算を固定資産」とするようになった。

複式簿記は、とても有用な仕組みだが、構造的な欠陥がある。それは、収益力が高くとも資金計算を常時注視しなければ、容易に黒字倒産に陥る可能性があるということである。

会計基準もグローバル化して、進化しつつあるようだが、いくらソフトウエアが発達しようとも欠陥はなくならない。この先、西暦1600年のようなエポックは起きるだろうか。この先の東アジアは、経済活動を発展させながら平和を享受できることだろうか。

 

ところで、減価償却資産の認識が、最初に出来たのはイギリスの競馬会といわれる。子馬を育て、調教して一人前にする期間は、投資を行っている期間である。レースにでて賞金を稼ぎはじめると、収益とこれまでの投資した金額のうちから、走ることが可能な年数を見込んで、年齢に応じて資産価値(価額)から減価償却計算をおこなう。減価償却した金額はプールして、後のサラブレッドの購入金額にあてられてゆく。馬は、動物だから減価償却は意外とおもわれたかも知れないが、馬は会計上、資産計上する動産である。