10月2012

人に寄り添うということ。

生活

 日本国が、周辺国との緊張関係にあることが続くのは、久しぶりのように思う。国と国の交わりのことなのだが、基本的には、個々の交わりの大きな束のような風に考えたほうが、とても自然に思えるのだがいかがだろうか。

日中国交40周年の慶賀にあたり、本来は南西海域の無人島の画像ではなく、

眼に多くするはずの田中角栄元総理と周恩来国務院総理の固い握手。国交回復には、当時の米国と中国との国交回復の下地があってのことだろうが、知日家にして人民の信も厚った周恩来総理と庶民の人気の高かったコンピューターつきブルトーザーの田中角栄総理の相互信頼がなければ、国交回復実現はなかったことだろう。両国は、その時、実に得がたいリーダーをいただいていたのだろう。そして、尖閣諸島問題で厳しく主張がぶつかり合うさる9月、日本国の財界や政界のリーダーたちが中国に渡ったのも、これまでの歴史を積み重ねてきた先人たちに思いを馳せることも少なからずやあっただろうと想像できる。

 

東日本震災発生以降、日本国では人を励ます言い方や援けようとする言い方に、変化が現れてきているように思われる。善良な日本人の意識の深いところで、変化が起きているのではなかろうか。また、メデイアの伝え方や広報のあり方など社会全体として、被災者の心情や支援にあたる方々への気配りが、なされていると感じられることも多い。

他方、被災した自治体が縋ろうとする国の財政は頼りなく、為政者の方針も不明確で、先の見通しが明るいニュースをとんと耳にしたことも無い。相変わらずの政治家の失言にも、さほど驚かなくなった。私達は、いかに気持ちを合わせ進むべきだろうか。

当面の住まいの確保と日々の暮らしに困らぬような最低限の支援がなされれば、被災者の方々も精神的な落ち着きを保たれることだろう。しかしながら現実は、仮設住宅が子どもの通う学校に遠いとか、医療機関に通う足が無いなどの理由から、難儀されていると聞く。災害支援法で適用の可否もなんともちぐはぐな復旧復興行政である。政治状況は、与野党間、政権与党内も被災者の方

に安心感をもたらすような政治状況にはるか遠い。

 

さて、被災者の方々の暮らしの中で、深刻な不安のひとつが医療支援体制で

あろう。震災後、心臓に病気を抱える人や高血圧の人が、常用する治療薬が手に入らず、体調をくずして亡くなるということが多く報告されていた。

人工透析を必要とする方は、透析の回数や時間が充分にとれないと重篤な状態に陥ることも予想される。ただでさえ、医師不足が深刻化している現在、医師や医療従事者のボランテイアに負ぶさるようでは、医療体制の崩壊は時間の問題だろう。もちろん、医師や看護師に加えて医療スタッフが、揃いさえすれば問題解決するというものでもない。また医療が、どんなに発達しても簡単に寿命を延ばせるというものではない。新しく良い医薬品が開発されても、さほど日本の平均余命が延びてはいない。医療が、従事する人を含め幸せにするというのであれば、ここまで深刻な医師や看護師不足を招いただろうか。

東北の方々は、地縁血縁の色が濃い。事実、東北人同士で血縁を結び、地縁血縁に対する思いが深くて大きい。だから、震災によって、仮に一時的にせよ在所を離れることの喪失感は、相当なものがある。東北の人々は寄り添って長い時代を生きてきたのだ。結局、どんなに科学技術が発達しても、成熟した豊かな社会とは、市民が寄り添い合い、支え合う社会のことに違いない。大昔から集落を形成してきたように、まずは地域社会の結びつきを再生することだ。

どこまでいっても、人と人との結びつきが、やがて国を容づくり、そして国と国とのつながりを再び強くしてくれることだろうと信じたい。