10月2012

学ぶことの意味

生活

 先ごろ、水墨画を習い始めた76歳の叔父が学ぶヒントを得たいとのことで、叔母を伴って上京してきた。京都まで地元の鹿児島から新幹線で乗り換えなしで行き、1泊して美術館周りをして、さらに東京まで新幹線。疲れなかったか?聞いたが、興奮して眠れなかったり、楽しかったりだと老夫妻が語るのがおかしかった。昨年、叔母から良人が水墨画を学びたいといっているが、大丈夫だろうかと相談を受けた。水墨画や日本画は、七十からといわれているから遅くもないといっておいた。第一線を71歳で退いた叔父は、平均週に3回ほどゴルフに出かけ旧交を温めている。他方、体力づくりに熱心で週に3回は、アスレチックやプールで汗を流している。もちろん、さつま芋本格焼酎の晩酌はかかさない。水墨画は、毎週一度、あるいはゴルフに出かけない日に稽古をしているようだ。まじめに稽古をする叔父は、80歳で陶芸を学び、水墨画の技法を生かして絵付けをしたいと目標を立てている。

叔父のことを話せば、きっと世間のひとは「余裕があるから」という言い方に傾きがちになる。たしかに、精神的にも経済的にも窮していては、ゴルフとアスレチックと水墨画ということにはならないかもしれない。しかし、学ぼうという気持ちが強く無ければ、何事も身につかないだろうし、体力の衰えに抗うことができまい。幕末の儒学者の佐藤一斎の著書、「言志晩録」に以下のくだりがある。

少ニシテ学べバ、即チ壮ニシテ為スアリ

壮ニシテ学べバ、即チ老イテ衰ヘズ

老イテ学べバ、即チ死シテ朽チズ

 

どうせ人は、どんなに努力をしても必ず最後は死ぬが、死シテ朽チズという生き方があることを知っていたら、自らを取り巻く景色は随分と違ったものになるに違いない。水墨画の源は、明らかに中国にある。今日、日本では独自の発達をしているが、宋の時代に禅宗や茶とともに僧らによって伝わってきた。

さらに遡れば、学僧らが命がけで海を渡り、数十星霜をかけて伝えた経典や仏教美術もあったはずである。努力をしたものがもれなく報われたのなら幸いだが、海の藻屑と消えた者たちの数も夥しい。かの海は、本来、命を賭して渡ってきた海である。航空機で気軽に渡航できる時代であっても、先達らに思いを馳せて渡るくらいの心構えもあってよいのではないだろうか。

尖閣問題に過激な意見をする日本人は、ほとんどが中国に旅行したことがあっても、国情について良く知らない。そして、過激な反日行動を起こした中国人も、まず日本に行ったこともなければ、日本の友人もいない。日中国民は、命がけで渡ってきた海を前に、相互に真摯に学ぶ意義を再考できないものか。