11月2012

熱いハヤブサ2.論議

生活

 ハヤブサが、暗黒の宇宙を満身創痍で幾度もの絶対絶命の危機を乗り越え戻ってきてから、しばらく時間がたった。その科学的成果もすばらしいが、閉塞感に苛まれていた人々に熱くもたらした感動は、未だ冷めない。

ハヤブサが、長い旅の果てに燃え尽きながらも、生命線のカプセルを予定通りに帰還させてきたことには、「当初から予定通り」だったとか、「予定を遥かに遅れてのこと」だからとか好き勝手にものを言う人も多い。だが、天文ファンの少年らが、「頑張って戻ってきたのに、燃え尽きてかわいそうだと」泣きじゃくっていたという話を聞くと、感情移入されたハヤブサには、もはや人格が備わっているに違いない。

その昔、鉄腕アトムに感情移入した小生の少年期、鉄腕アトムの死を単にアニメのストーリーとして受け止めることができずに、その死の衝撃から学校を休み、担任とひと悶着があり、長く登校拒否をした。思うに、亡くなったのが、ただのロボットとは思えないほどの思い入れがあった。衝撃度から言えば、生まれて初めての身内の死のようなもので、喪失感が大きすぎた。

鉄腕アトムを単なるアニメのロボットキャラクターと受け止めたような御仁には、今世紀、世界に先駆けていち早く、二足歩行をするロボットを実用化したHONDA日本人技術者の熱い気持ちなど理解できまい。ロボット犬アイボを実用化したのは、戦後の神話を作ったSONY。愉快で闊達なる会社を作ろうと創業された会社。荒廃の日本の地から、トランジスタラジオを引っさげ、ニューヨークに乗り込み席捲した会社。SONYがなければ、今日のサムスンやLGなどアジアの雄も生まれなかったかもしれない。アジアの人々のアイデインテイテイを自覚させた会社。また、二足歩行のロボット“アシモ”を作ったのはHONDA、初めてみた自動車の排気口に良い臭いだと鼻をつけて、「世界一速い自動車をつくるのだと」七十余年をかけて実現した宗一郎少年の興した会社。一時は、自動車振興策によって四輪自動車の生産を断念させられそうになった会社。

 

小惑星イトカワは、大型タンカーほどの大きさと聞いた。地球から3億キロ。地球をソフトボールにたとえると月は、3メートル先の10円硬貨。イトカワは、7キロ先の粉粒程度という。エンジン故障、燃料漏れ、通信途絶を乗り越え、予めいざという時に別々の回路にしておいたエンジンをつないで戻ってくるなど、艱難辛苦に耐えて走るマラソンランナーを見るようで涙を禁じえない。血も通わない機械がこんなに大きな感動をくれるとは。

後継機ハヤブサ2.の予算化やその執行に気をもむが、単なる文教予算と考えずに、国内外で試練に立ち向かう日本人を鼓舞する予算と考えてもらいたい。