11月2012

英国の存在に学ぶところは大きい

生活

 かつての大英帝国として世界に覇を唱えた英国のGDPは、意外なことに日本の半分程度に過ぎない。意外に思う方は多いだろうが、輸出競争力はポンド高もあって停滞気味。生産してもソロバン勘定のあう産品は少ない。したがって、GDPに占める資本取引やサービス取引が大きいことが容易に想像できる。

スーパーパワーの米国の資本主義経済総本家ニューヨークの地位。ついで、ロンドンの金融街シティの基盤も磐石そうである。3つめはアジアの拠点といわれるが、いまだ定まらずといったところだろう。

本来アジアの拠点は、過去の実績では東京。機能ではシンガポール、現況では上海、香港といったところだろう。しかし、歴史のリトマス紙試験には十分叶っておらず、この先も激しい競争があることだろう。経済や文化などの国際的な地位や信用は、十年の単位で簡単に築けるものではないようだ。

 

さて、GDPが日本の半分程度にもかかわらず、英国の経済における存在感は圧倒的なものがある。長い時間をかけて磨かれた金融事業の集積、金融事業ノウハウの集積といったものが、歴史にあぐらをかくことなく続いているからこその世界からの信任であり、金融センターの地位なのだろう。

 

英国人は、歴史的に真実の探求より、現実対応という思考が強いと聞く。

それは、研究開発や経済投資にも大きく反映している。アメリカのノーベル賞受賞者は、医学理化学系を中心に300名をゆうに超えている。日本は、近年毎年のように受賞候補者が、出てきているといえども受賞時にアメリカ籍になった南部氏をいれて19名である。それに比べて英国の受賞者は、100名を越える(ドイツ80名超・フランス50名超)。

民間の研究支援体制にもよるのだろうが、基礎研究分野に対する取り組みは

特筆すべきものがあるようである。

EUに加盟することが遅かったこともあるが、通貨ユーロを採用することなく、今日まで通貨ポンドを制度維持し、国際市場からの信任も厚い。欧州経済の優等生のドイツには、外貨準備高や貿易額の実績では離されているが、欧州中央銀行の拠点であるフランクフルトを金融センターとしての地位では、逆に引き離しているということが現実である。独自の長期にわたる対外戦略が、存在し続けていたのであろう。

遠く明治時代にわが国政府が、国債発行や軍艦調達でお世話になった英国だが、近年、再び英国の存在に学ぶという日本の回帰もあるようで、いくつもの日英同盟が生まれつつあるようである。島国で安全保障上も共通する課題を抱える英国に学ぶことで、閉塞感あふれる日本の再興もありそうな期待もあろう。