11月2012

和 敬 清 寂

生活

 「一盌(わん)のお茶を点て客をもてなす」つきつめれば、それだけのことだと千玄室(裏千家前家元)氏は仰せになっている。「和敬清寂」は、日本文化

を代表する総合芸術にまで体系化された茶道に対する「四規」、利休の教えである。思うに和を尊び、相手を敬い、己の心を清め、寂然不動の心でおもてなしにのぞむというように本来は、心静かに己と照らし向き合うべき規範とすべきものであろう。思うに「四規」は、お茶を差し上げることだけにとどまらず、あらゆる機会に人と向き合う心構えとしては鑑とすべきものがある。「四規」に加え、「七則」もあるのだが、そこにある「花は野にあるように」は思い出深いものがある。

 

小職は、かつて国際協力分野の公務でモンゴルに派遣されていた。

そのことがご縁で、故郷の有志らと2000年にモンゴル国に交流に出かけ、南九州(鹿児島)とモンゴル国の双方の交流を開始した。早速、翌2001年には、モンゴル国からカウンターパートのメンバーを招いて、鹿児島で交流を行った。

そのときのことである。支部長の邸宅は、鹿児島市郊外にあり、屋敷の周辺は、昔のままの自然が残る築100年以上の古民家であった。モンゴルの人々の暮らしぶりを拝見して、自然とふれあえるようなおもてなしを考えて亭主は招いたのだった。

モンゴル国からの客人をお招きすると、邸内では、お琴の演奏がすぐ始まり、趣のあるおもてなしが始まった。当然、お点前も差し上げたのだが、なれぬ畳の上で正座をしたこともあり、思うに茶を味わう余裕などなかったように思う。それでも、日本の自然から生み出された漆細工や指物や工芸品に興味が湧いたようだった。中でも、竹を細工した一輪さしに活けてあった花を見て、この花にそっくりなものがモンゴルにもあるといって喜んでいたことを思い出す。

茶室には、本来、必要なもの以外は持ち込まず、客間にも鑑賞すべきものをよく吟味して持ち込むべきである。意識的に野趣つよく演出することは難しいと思うが、あるがままの草花の美しさを茶室に持ち込むことはできる。

さて、話を戻したい。亭主は、気をよくして、その後茶室に“もんごる庵”と表札を架け替えられたということであった。

 

お国のほうは、解散を迫るほうも、先のばしにしたいほうも確たる民意の支持も寄せられておらず、攻守いずれも旗色が悪い。かようなときは、国会議事堂の広い敷地に緋毛氈でも敷いて、党首自らお茶会など催すくらいの余裕がほしいものだがものだろうか。