11月2012

詮無いこと

生活

 11月は、6月と並んで医療機関に新しい患者さんが殺到すると聞いた。

保険会社の統計にも表れているらしいので、根拠の話のようだ。

6月は、梅雨入り後の梅雨寒ということがあったり、急に気温や湿度が高くなり、体がついてゆけないこともあるのだろう。11月は、急に気温が下がり、

風邪や間接痛も多いようだ。体を冷やすことは、万病の原因のようで内臓疾患の方も多く受診されるようだ。驚いたのは、歯痛。気温が下がり、虫歯なども痛みが出てくるらしい。



寒くなると、懐も寂しいとき、詮無い思いをする話が巷間にあふれ出る。

今回は、江戸っ子らしい大人の詮無い話をしてみたい。

ある作家が、記していた実話である。

昭和の初めごろ、「大学は出たけれど(食い扶持が得られない)」の流行語に代表される経済恐慌が起きた。その頃の話である。作家は、ようやく芝居用の書き下ろし作品で世に出ようとしていた。



この作家の仲の良い噺家にRというものがいた。あるとき、浅草花屋敷裏の芸者家につれてゆかれたという。Rが、芸者家の主人が落語好きなので一緒に話相手になってほしいという。主人は、三十を過ぎたばかりで、山の手にある不動産屋の跡取りで、妻帯している。それに芸者の二号を持っていて、抱えも二人置いて芸者家を出している。親にはもちろん内密にしているが、半日は旦那として芸者家におさまっている。

そこにKという主人より一廻り上の芸者がいた。作家は、噺家に連れられて芸者屋に出入りするうちに、自然と箱屋から来る伝票の具合でKのお座敷の様子も知ることとなった。と、同時に噺家の芸者に対する思いも知るようになった。「ねえさんが、あんまりにもかわいそうだ」とRが泣いたこともあったという。そしてある時、噺家が作家に向かって頭を下げた。「一生のお願いがあります。あなたの芝居が板にのって、たろう(金)が取れるようになったら、ねえさんをお座敷に呼んでください。その時、私にお供させてください」と。



噺家の恋は片恋だった。芸者は、どんなに酷いことをされても一廻り下の旦那が好きでたまらない。約束から三年後、作家の作品が上演されることになり、約束を実行した。噺家は、相好を崩していたが、眼の下に痣があって、もともと相がよくない。件の芸者を呼ぶと、暇なせいもあってすぐに来た。芸者の目元が赤らんできた頃、作家を立会いに芸者が噺家にお願いをする。「ねえ、お互いに、もっと年をとってから、“いろ”になりましょうね。げんまん。」

芸者は苦労人だから、本来、人の気持ちが良くわかるのだ。しかし、数年後、噺家は病気であっけなく逝ってしまった。まもなく、芸者家の旦那も逝った。さらに、芸者も後を追うように。遂げざる思いは、墓場までという話。