12月2012

街で見かける不屈のおしゃれな爺さん

生活

 クリスマスが近づいてくるとその爺さんは、気のせいか普段より目につくようになる気がする。その爺さんは、世界規模でよく知られており、日本の街の目抜き通りに必ずといいほど立っている。不思議に思うことは、その爺さんは必ず店の前に立っているのだが、日本以外の国の店ではお見かけした事がないということだ。彼の名は、カーネル・サンダース。いわずと知られたケンタッキー・フライドチキンの創立者である。

 

彼の伝記を昔、原書で読んだことがある。自分の本ではなかったので、一度読んだ限りであり、正確に細部まで覚えてはいないが、勇気を喚起させるに十分な話だったので、記憶を辿りながら紹介したい。

カーネルは、貧しい農家の生まれであった。

子供の頃から近隣の農家を手伝うなどして、食べ物を分けてもらい、その日暮らしのような貧農の家に育った。彼は、苦行に近い農作業を手伝い、多少の金を得て、親に全てを渡す孝行息子であった。家が貧しいので、望んでも学校で学ぶ事が許されない境涯のカーネル。小学校を卒業した後は、生家近くの豪農の手伝いに出るようになる。親孝行で、我慢強いカーネルではあったが、身を置く職場は、労務管理や就業規則の整った環境ではない。少年の精一杯の労働によって得る糧は、その苦役に比して満足のゆくものではなかった。精魂込めて働くも、生活が大変だったのだろうことは容易く想像できる。怠惰がもたらす結果ではなく、生活苦からの事情で多くの仕事を渡り歩いた。

彼には、誰よりも努力を惜しまぬ強い心と苦役に耐える体があった。かといって、特別な知識や技術があったわけでもなく、社会の底辺で我慢を強いられる時代が長く続いた。意外に思うことは、消防士やセールスマンも経験していることだ。消防士としては、多分、勇気に溢れ、時として、危険を顧みない立派な消防士だったのではないかと想像している。セールスマンとしては、彼の要領よく売り込む姿を想像することが出来ない。誠実で、正直な仕事ぶりしか想像できない。努力に充ち溢れた人だったと想像できるのだが、人の何倍も売るような突出した成績は残せなかったのではないだろうかと想像している。



あるとき、彼は決して満足のゆかない自分の人生を振り返る。不満に思う気持ちは、怠惰や妬みから来るものなのか、それとも向上心に充ちた素直な気持ちからくるものなのか。彼は、辛かったが、自分の過去から現在までの自分に心静かに向き合った。それは、生まれてから現在までの人生全てにおける有形無形にかかわらず財産目録づくり作業となった。素直に考えて、自分が他人に絶対に負けないといえるものがあるだろうかと思案する。自分探しは、生まれてから今日まで何を学び、何を失ったか?あるいは家族や友人、知人といった人的な財産にまでおよぶ。

 

そして、彼は人生の全てをかけて誇れるものを見つける。「ママ秘伝のフライドチキン」と。ママのおいしいフライドチキンのことは、自分が一番よく知っている。そして、ひとりでも多くの人にママの味を伝えたいと創業を思いつく。

彼は、創業の場所を交通量が期待できそうな道路沿いにあるガソリンスタンドの横にした。もともと勤勉な彼のことなので、手抜きすることなく売ることをはじめる。やがて、味の良さや商売熱心な評判が立って、売上はどんどん伸びていった。彼は、確かな味と商いの心で立身出世したのだ。

しかし、人生万事、一本調子で登り坂の上を行けるような事情ではなかった。やがて、近くを通る高速道路が出来て、店の前の交通量が極端に減ってしまい流石のカーネルも店じまいの覚悟を迫られる。



街で見かけるカーネル爺さん。彼の本当の挑戦は、実に髪やひげが白くなってからである。「ママ秘伝のフライドチキン」を誰にでも味わってもらいたい。教えてあげたい、伝えたい。それをするためには、どんな苦労も厭わない。その誓いに偽りのないカーネル爺さんは、初めて貰った年金の小切手を元手に第2創業を行った。この当時、全財産ともいえる年金で支給された小切手を元手に創業をするなどということは、殆どのひとが思いの及ばないことである。それを蛮勇という人がいるかもしれない。馬鹿げているという人がいるかもしれないし、無茶という人がいるかもしれない。しかし、座して死を待つような人生と決別し、勇気を振り絞って挑んだカーネル爺さんは、やがて成功を手にする。

 

確かに人から見れば、老境に入った男が無茶な博打をおこなったように見えたかもしれない。しかし、老境に至るまでの時間のすべてが、あるいは、その勝負をするまでの年月が、実は投資に値する時間だったと冷静に思えていたら。さらに、その時までの全ての経験は、これから生きるために必要なスキルの開発時間だったと断言できるのなら。自らを信じて、自らに投資が出来た時、成功が約束されていたかもしれない。

 

カーネルサンダースの話で、定年後に事業を起こそうとすることを奨励しているのではない。リタイヤしようと、相もかわらず私達の人生経営は続くことをお話したい。企業オーナーであろうと自営業者であろうと、公務員であろうとサラリーマンであろうと、等しく私達は、自らの人生のオーナー経営者に違いない。油断することなく、人生経営に一意専心しなければならない。

 

人生は、自立の精神と勇気をもって挑む人に、どんな豊かさも与えてくれる。

もう、おしまいだと思っても、まだ幸せを描ける余白はきっと残っている。