12月2012

伝統ということ。暖簾ということ

生活

 中国の首脳陣の交代を契機に、歴史や伝統ということばを思いおこさせる

メッセージが発せられ、暖簾や伝承ということも考えさせられた。

ことばを紐解くと、「暖簾(のれん)」は「のれん分け」という言葉がある

くらいで、古くから日本人の商業習慣に定着してきた言葉であった。

「暖簾」とは、どういうことだろうか。「暖簾」を商法では、「営業権」と

して定めている。

「営業権」とはなにかといえば、実例でいうと正味財産が8000万円の商事

会社があったとする。この場合、不動産などの固定資産から営業債権まです

べてを足した金額から、あらゆる短期長期の負債を差し引いた金額だったと

する。買い受ける会社側が、1億円の支払いを決めたとする。差額の2000万

円が、商法の定める営業権である。この場合の2000万円とは何だろうか。

 

これまで、お店を続けてこられたことへのねぎらいであれば、功労金とい

うものがある。許される「水増し」ということであれば、「認識・測定・記録」

の会計の本質に反して計算書類の信用性が損なわれる。会計学や商法は、も

ともと欧米からの輸入品である。英米法の会計では、営業権は、英訳で“GOODWILL”グッドウィル。皮肉なことに、平成の世の中で社会正義に切り

捨てられたあの会社のグループ名である。

「暖簾」は、日々のたゆまぬ努力によって、顧客から寄せられる「好意」の

積み重ねである。いくら「歴史」や「伝統」があるお店であろうと、社会か

ら謗りを受けるようなことがあれば、そこにもう「暖簾」は存在しなくなる。

歴史や伝統があっても、「暖簾」があるか、どうか。事業主や従業員の思いや

いは、社会によく応えているかということである。「ばれなければ良い」「法

に抵触しなければ良い」そのような店には、「暖簾」は存在しない。

「暖簾」には、掲げる松明を幾世代にもわたって引き継いできた誇りのよう

なものがあるのだと感じる。歴史とて、事象の「繰り返し」ではなくて「積

み重ね」という意味合いを見出せるようにも思える。

 

さて、習近平総書記の言。「近代以降、中華民族は最も危険な時を迎えたが、

中国共産党の創立後は団結して民族の偉大な復興を成し遂げた。引き続き中

華民族の偉大な復興のため奮闘努力しよう」と。

共産国としての中国は、創設は革命後の歴史しか積み重ねがない。中国大

陸の王朝の交代は、たゆまなく繰り返されたが、うがった見方をすれば、そ

れぞれが引き継がれたのではない。保っている文化的な背景は複雑なものも

ある。宿命の隣人のことは、心して理解を深めてゆかねばなるまい。