12月2012

国際交流の場で、大切にしたい宴会や儀式

生活

 年末年始は、宴会や儀式にまつわるシーズンである。あらためて取り上げたい。日本人を自虐的に扱うつもりもないが、個人の事情から目をそらし、仕事や仲間との約束事を優先。滅私奉公を喜んで行っているかのように思うことがある。そのため、かねてから自らを律し、自己犠牲も厭わず、それら行動を恰も当然のように淡々とこなしているように見えることがある。「いやあ、最近はそうでもないんじゃないかな」という声があるかもしれないが、そのような風土があることをよくよく承知しておいたほうがよいと思う。

なぜなら、国際交流そのほか大事なイベントを催行するときに価値観のぶつかり合いがおきて、「そんな、小さなことにこだわってはいけない」とする言動が、思いのほか大きな問題になったりするからである。

 

さて、思いのほか大事なことのひとつが宴会や食事である。

今は、日本ではあいさつで使われなくなっただろうが、アジアでは大切にされているフレーズがある。「ご飯食べた?」とか「飯食ったか?」という言い方である。日本の古文書も、飢饉が幾度となく襲い掛かったことを伝えているが、瑞穂の国は大概水に恵まれており、勤勉な民族性もあり、冷害や旱魃などの苦難を克服してきた。島国の日本と違い、大陸にある国々の気候のぶれは、予想以上に大きく、人民に苛烈な困難を強いた。結果、犠牲になった魂は数知れずである。そのためか、ことのほか食事を大切にする。家族や友人知人に隣人、明日への糧を分け合い生きてきた。粗末な食事であろうと、ご馳走であろうと分け合って命をつないできたのだ。「ご飯たべた?」「飯食ったか?」と挨拶されたあなたには、とても他人に思えないといわんばかりの親愛の情が注がれている。

ところで、アジアでは、いまだ食事に対する思いが熱い。

食事は、栄養や熱量を摂取するばかりではない。自分と家族や地域社会との距離、存在や関わり方を確かめる大事な儀式に違いない。その儀式の位置は、朝ごはんであろうと晩餐会であろうとかわりなく高い位置にある。そのため、おろそかにすることができない。



他方、日本で社会的な地位の高いとされる方々、いわゆるセレブ。

年収数千万円の弁護士でも、法廷や面談、事務処理に追われ時間を節約しようと電車を乗り継ぎ、その合間に「立ち食いそば」で食事を済ませることなど珍しくない。また、重厚長大産業からITにいたるまで、日本の社長さんの方々は、悉く早くできて食べられるカレーライスで昼食ということが多い。さらに、同じ理由で総理大臣から霞ヶ関の官僚、地方自治体の首長に至るまでカレーライスを昼食にかきこむことも多い。

忙しければ、「食事は、テキトーにすましてよい」という教義が日本人の遺伝子にしみこんでいるし、それを「察してあげるべき」という宗旨が徹底しているかのようだ。

しかし、この教義や宗旨は、陸と海のシルクロード沿線や仏教国などの日本と同じ文化を共有する国々であっても通じない。「食事は、テキトーにすましてはならない」ものなのである。

さても楽しい宴会。稲作文化のアジアは、かねてから心身の苦労もあり、晴れの日、収穫祭の儀式はおろそかにできない。収穫は、作物に限らず遠来の友や客人との縁の結びまでおよぶ。日本人と違うのは、晴れの日、収穫に対する熱い思いの温度だろうか。

宴会に招待されることは名誉なことであるが、と同時に座席の位置によって、主催者側からどのような値踏みをされているかが伺いしれることとなる。日本では、とりあえず「出口から遠い席に上座」を設けて、長(おさ)らしき方から座ってもらえば良い。その方が、席に納まれば、万事収まるような安堵感がひろがる。

しかし、アジアのどの国でも、かように軽い宴会などたぶん行わない。宴会という以上は、どの程度の宴会であろうと席順や挨拶の順番を確定させて、事前に了解を取り付けて置かねばならない。日本のように「まあ、まあ」が事、宴会に限ってはない。もし、座席順や挨拶順の打診など行ない調整を図らないと、先様の面子をつぶし、以後の潤滑なお付き合いに支障を引き起こすことになりかねない。まだまだある、招待状の発送の時期やご招待の趣旨など、趣向を凝らし、先様の自尊心を満たすように進めなければならない。

 

ところで、宴会は招かれれば、お返しに答礼をしなければならない。お招きをいただいたお礼は、手短に申し述べ、早速にご招待をしたい旨をお伝えすべきである。「先日は、ごちそうさまでした」「先日はどうもありがとうございました」は、アジアの国々では、隠語で「またご馳走してほしい」ととられかねないので気をつけたい。訪問した国々で、お世話になった運転手さんやメイドさんなどを招待したい場合などは、会場を別にわけるなどする必要がある。アジアの国々では、長幼や身分に関する明確な区分があるからである。日本の論理を押しつけられない。また、海外では、招待宴への答礼は、派手にすれば相手の面子をつぶすことになるので、会場や料理、余興や車の手配、通訳にいたるまで気配りが必要である。特に、料理や酒の内容、質に気ばりすべきである。極端なことをいっているとは思わない。小職は、国際協力で長く派遣されていたときは、6ヶ月前から招待客を想定、宴の予行を考え、準備を開始していた。