12月2012

国際交流で気をつけたいお土産やプレゼントの事

生活

 先には、宴会に対するアジアの人々の熱い思いを伝えた。

その熱い思いは、実際に宴に参加してみなければわからないだろう。

概して、アジアから南米、アフリカの人々は宴では大変能弁だという印象を持っている。それは、例外なく若い女性や子供にいたるまでの印象である。

かねて、はにかむように話をする妙齢な女性やすぐに母親の後ろに隠れてしまうような子供が、宴会の席で主賓や招待客に挨拶を行い、宴に対する賛辞を口にするときなど実に堂々としていて驚く。彼らは、晴れの日に備えて生きているようなところがある。また、宴会では高価な酒を惜しみなく振舞う。さらに食材の取り寄せに努力を惜しまない。彼らは、宴会に生きる民のようでもある。

 

さて、宴会や応接辞令に欠かせないお土産やプレゼントことについて触れておきたい。なぜなら、宴会とおなじようにお土産やプレゼントに対しても、儒教思想や宗教観などが色濃く反映するからにほかならない。

たとえば、儒教思想の強い、長幼の価値観の濃い国や地域とお付き合いが始まったとしよう。訪問するにしても、来日いただくとしてもお土産がつきものである。日本人は、海外旅行も旅慣れしており、お土産の購入も使う人や受け取る人のことを考えて便利なものや喜ばれるものを選ぶ傾向にあると思う。その点、かの国々の方々は、感覚が違うように思う。お土産は、使い勝手が良いとか喜ばれるものである以前に、相手への敬意が現れているものでなければならない。したがって、お土産は形式美にあふれる傾向にあるといっても良い。

 

お土産を差し上げようとする場合。

日本人の大方は、荷物にできるだけならないようにとか、重たくならないようにと気配りをするのだと思う。言い過ぎかもしれないが、それがいけない。先様にとって、お土産は尊敬をこめた献上品である。見かけが立派に限るし、包装は大いに華美なほうが良い。飾り物の場合、重たいということが、かえってありがたみが増させるかもしれない。いずれにしても、当方の思い込みや趣味、習慣できめつけてはならない。

それから、お渡しするタイミングが大事であることには依存がないと思う。

どのようにお渡しするかも大事である。よく日本人は、「これを皆さんで分けて召しあがってください」などといって温泉饅頭やせんべいをお渡しすることがある。事業所でいただいたりすると、休憩時間にお茶と一緒にこぎれいな紙に

お菓子を女性職員が小分けして振舞ってくれたりする。しかし、思うに先様にこの口上はよろしくない。第一、先様は長幼の物差しでお考えになられる。ご家庭向けなら家長(日本では死語?)にお渡しすれば、あとはよろしいようにしていただける。ところが、事業所などで長たる方にまとめてお渡しすると、皆様に行き渡らない可能性が95%以上の確率で起きるように推測される。なぜなら、長たる方に裁量があるのだから、どのように分けようと分けまいと先様の勝手だからである。

実際、これまで多くの実例をみてきたが、最高責任者の方の応接間の脇に堆く日本製たばこや日本酒が積まれたり、飾り棚をはみ出した装飾品が床の上に夥しく並んでいる様子を幾度となく見たことがある。当方には、異様に思えたが、先様にしたらいただいたものをわかりやすく飾る配慮なのではなかろうか。いずれにしても、日本の価値観で判断しないことだと思われる。

 

国際交流の場では、仕事とはいえ厳しいスケジュールの中で仕事をこなす随行の秘書やスタッフがいる。そういう方々にお土産を差し上げるのであれば、

直接お渡しするのが良い。また、前回の話で宴会の翌日、「昨夜は、ご馳走になりありがとうございました」というお礼の言い方は、先様にとっては、「また、食事をご馳走してね」の催促めいた意思に近い。したがって、そのように言われたときは、大変喜んでおいでだということと次回の宴会の段取りを考えればよい。当方にしてみれば、ゆめゆめそのようにとられかねない言い方はすべきでなく、言葉が不足することなく、過ぎることなく謝辞を申し上げるべきであろう。お土産も同様である。先様が丁寧な謝辞を仰せのときは、「またお願いね」とか「もっとないの」と受け止めて考えればよいし、当方からは、宴会の謝辞同様にふさわしい言い方を考えるべきである。それよりも、「そっけない風にお礼を言われた」と感じることがあっても、必要以上に気遣いをさせないためではないかと慮ってみることが大切だと思う。

 

ところで、アジアの国々では食事やお土産などや「おもてなし」に関しては、

熱い思いに加え、面子をかける美意識が働いており、とかく「無理をしてしまう傾向」にある。この点は、つくづく承知しておくべきであろう。かといって、

「無理をしないで」という言い方は、先様を傷つける言い方になる。末長くお付き合いをするのであれば、お付き合いの仕方なども折を見て、踏み込んで意見交換すべきではなかろうか。この点、青少年の交流を基本におくようなお付き合いは、宴会や贈呈式のようなセレモニーを取り分けて行う必要もなく、保護者や関係者などは、文字通り双方親戚づきあいに発展しやすいのではなかろうか。一番良くないのは、自らの常識を価値判断の物差しにしてしまうことである。また、避けられないトラブルもある。「寛容」を常々、心がけたい。