12月2012

物の言い、言い換え

生活

 直木賞作家の出久根達郎氏は、本業が古本屋というだけあって、古い話を見つけてきては上手に紹介してくれる。特に、名前の由来を根気良く探す人でも

ある。こまめで博識な人である。

たとえば、懇意にしている古本屋さんがお客様からの苦情に対応する時に使う「お腹立ちさま」。商品が古本なので、内容に問題なくとも想定外の物理的な損失減耗はどうしても見つかる。だから、いつもお客さまにお詫びや謝りが上手にいえねばならず、またこれができての一人前なのだと。

「お腹立ち様でしょうが」と先に言われると突っかかるわけにいかないと出久根氏はいう。「さま 」ということばが、微妙な角を立てない役を果たしていると。「おあいにくさま」、「おかげさま」、「お気の毒さま」、「お粗末さま」、「お互いさま」、「ご苦労さま」、「ご愁傷さま」、「ご馳走さま」など上手に使いたいものだ。

他方、「さま」が濁るとよくないという。侮蔑がこめられるからとのこと。「ぶざま」、「ざまをみろ」、「死にざま」、「生きざま」。生きざまは、誤用であって、本来「生き様」を誤読したのではないかとも出久根氏は言う。なるほど、説得力がある。

 

言い換えは、ごまかしが多いと出久根氏はいう。たとえば大正時代、「貧民」や「細民」という語が、耳障りだとして東京府庁社会科は、「小額収入生活者」と改称することにしたそうである。役人が、実に考えそうな名称である。これにならって銀行も「小口当座預金」の名称を「特別当座預金」と改めたという。これも慇懃無礼とでもいうのだろうか。

「女中」が「お手伝いさん」になったのが昭和30年代。言い方によっては、

職業人のモラルや技術技能向上にも役立つようだ。たとえば「運転手」が、「運転士」に。学士や弁護士、会計士と同じ士にならったということである。さらに続けると「産婆」が「助産婦」。「便所」が「化粧室」。「借金」が「債務」。「舶来品」が「輸入品」。「木賃宿」が「簡易宿」などなど。

面白かったのは、「巡査」という名称。文字の意味からして、「めぐって

しらべる」で感じが悪いから、改めたいという要望が大正12年の警察部長会議で出たという。おなじく「おまわりさん」という愛称も論議にあがったという。

役職や職業は、呼ばれ方で随分とセルフイメージが変わるようだ。職業に貴賎がないというのなら、ゆっくりと見渡して、ふさわしい言い方にしたいものである。特に、俯きがちや伏目がちに人が行き交うようなの時代には、名称の見直しや改称が世情を明るくするきっかけになるかもしれない。いかがだろうか。