12月2012

別 歳

生活

 年年歳歳とつい口にしてしまう。行く年と来る年との狭間で先人達はいかに時を惜しんだのだろうか?同じように年をやり過ごし、そして歳を招き入れる。自然の摂理は、確かに廻るので、毎年似たような風景と出くわす。他方、同じ花が同じ時期に同じ場所に咲いても、去年の花に似ているだけで同じではない。くどい言い方になった。

右肩上がりの経済成長をエンジンにして、国際社会での地位を得ようと背伸びをしていた時期。クリスマスや忘年会は、職場中心で行われるのになんらの疑問も持たれなかった。酒臭いにおいをさせて帰宅するおやじ殿たちが、申し訳に差し出したのがクリスマスプレゼントやケーキだったような気がする。バブル経済崩壊後、鍋料理を家庭で囲む風潮がもどり、クリスマスも家庭中心の行事にもどり、本来の姿になった。しかし、忘年会ということばは、職場行事の代表的なことばとして今も君臨している。年忘れ」は、本来、家庭の行事である。「行く年」を惜しむ気分と「一年の労苦」を忘れんとする思いを去来させる複雑な心情こそは、家庭の中でこそ発露させるに相応しい。

 

本年、小職は本コラムを担当する名誉に浴したが、これに際して人生の先輩方からの励ましを多くいただいた。しゃかりきに重き荷を背負い坂道を登るような思いで生きてきた方々、口にはできない苦労を隠して必死に生きてきた方々、そんな方々に温かい言葉をいただき感謝に堪えない幸福な思いをした。そして、思うに「世界の安寧を祈ってやまない方々に、いつも明るく希望を語っていたい。」「いつも明るく前向きに生きてゆきたい。」との思いが強くした。

 

だから、今年の最後も少し心が熱くなるお話をしたい。

主人公の名は、ジェームス・ベンソン・アーゥイン。

彼は、幼少から宇宙飛行士になりたいと念願し、航空パイロットになる努力をする。しかし、あろうことか将来を嘱望されながらも交通事故に合い重度の障害を抱えてしまった。医師の二度と立って歩く事は出来まいとの言葉を拒否し続けてリハビリに取り組んだ。

「歩けないと言うのなら走ってみせる」と公言し、再び空の人に返り咲いた。しかし、本当のチャレンジは、その後に起こした。彼は、NASAの宇宙飛行士に挑んだのだ。一度、二度、三度、挑んでも挑んでも跳ね飛ばされ、人々の嘲笑を受ける。四度、五度、心ある人は、いたずらに挑戦することをやめるように諌め、彼の挑戦を讃えあきらめさせようとする。しかし、6度目の挑戦の時、ついにその瞬間はやってきた。重度の障害者が、夢をあきらめる事を拒否し、宇宙飛行士を勝ち取ったのだ。

機関車は止まっていれば、10センチ四方の木片で輪留めできる。しかし、一端加速したら1メートルのコンクリートの壁をもぶち抜いてしまう。勇気は機関車、自信は客車。どんな困難にも打ち勝つ機関車を心の中に持とう。

 

世界の人々が、どんな困難にも負けず、平和を希求し、豊かに仲良く暮らしてゆけるようにと念じつつ。

 

2012年12月31日