1月2013

お餅。数え歳。お年玉

生活



鬼籍に入って8年たった小職の実父は、餅がすこぶる好きであった。焼いた餅も好きだが、牡丹餅や雑煮やかき餅まで、とにかく餅という餅を好んで食していた。事情があって、小職も父と同じ親(祖母)に幼少期に育てられたので食の好みが似通い、餅を愛してやまない。日本は、神事、催事、祭事、仏事、なにかと「お餅」を備える。

 

暦や日本風土について考えたり、稲作や米が果たした役割を考えると当然だと思える。正月は、お餅をお供えする。おかしないいようだが、節分、旧正月もあるいから二月もお餅をお供えする。三月は、「桃の節句」に「菱餅」をお供えする。四月にかけて、卒業入学就職シーズンにお決まりの紅白饅頭でなければ、やはり「お餅」を祝儀と配る。五月は、「粽(ちまき)」~お餅の変り種。6月以降も牡丹餅や白玉だんご、月見団子などなどお供えに「お餅」は欠かせない。してみると「桃の節句」に逝った亡父は、「お餅」をお供えする日に逝き、らしい最期を遂げたのかも知れない。

 

「数え歳」。なんで、こんな数え方をするのだろうと不思議に思っていた。

 

やはり「お餅」に関係する。稲作文化が自然への畏敬の念を育て、神様(自然の恵み)の下賜されたものへの感謝を育てた。歳の初めに、下賜されたものを配ることになる。これがお年玉の起源である。

お年玉は、歳の数にあわせて賜ることになった。だが、はたと困った事が生じた。生後一年に満たない乳幼児たちのことである。歳の数にひとつづつの割合にするとひとつももらえない事になる。そこで、今度の正月がきたら歳はいくつになるかを基準にすることとした。これなら、正月に生後一年に満たない乳幼児もお年玉をいただけることになる。

乳幼児たちもお年玉をもらうことで、一族の仲間に認識され、小さな社会の構成員になっていったのだと思われる。物心がついて、多くの人に挨拶をするとお年玉をたくさんもらう。少子化社会の中で、幼子も高齢者も無事に歳を越えたことを祝福されることの尊さ、嬉しさもお年玉にこめてもらいたいと願ってやまない。

 

未だ世界には、ひとつも年を越せずに逝ってしまう乳児も多いのだから。