1月2013

梅匂う、東アジア。龍の見識を。

生活

「桜」は、いわずと知れた日本の国花である。

桜は、本来、野生種のものであって、山中で咲く樹木だったが、里山に移植さ

れ、稲作の指標樹となり、米の文化の隆盛とともに愛される花となった。日本人は、桜の開花を見て稲苗づくりに取り掛かってきたが、ともに生きる花という思いも人々の営みの中で、血の中に溶け込んできたのかも知れない。

桜は、花見を連想させる花であるが、日本に花見の文化が最初に根づいたのは、桜ではなく実は「梅」であった。中国の国花である「梅」が、日本にさまざまな文化とともに渡り、花を愛でる文化として根付いたのである。花見とは、

梅見のことだったわけである。

 

東洋の尊い四つの花という意味で、「四君子」という言い方がある。

つまりは、「蘭」、「竹」、「菊」、「梅」である。桜が、ここに入らないのは、

中国大陸に本来、存在しなかった花だからである。

 

「梅」をよく観察すると驚くことがある。新芽は、まっすぐ伸びるのに、古い枝はさまざまな角度に伸びているのである。よく、墨絵の世界では梅の枝を女の字で描けという言い方をする。「く」や「ノ」、「一」の字のように極端に曲がって伸びているということである。現実に観る梅の樹の枝の曲がり方には驚かされる。さらに、梅の樹に驚かされることがある。梅の匂いである。梅の古木は、樹皮を白緑の苔が覆う。枝は、樹齢とともに考えられないほどに、曲がりそして屈折する。とても、生きているようには思えないような樹木が、春の訪れとともになんともいえない匂いを放つのである。

 

長幼の文化を尊ぶ中国の儒教思想にあって、古木の梅は年を重ねた長老の

気高い人格教養を連想させるものであろう。日本でも、花街の座敷に上がると

粋なお姐さんが、♪梅は匂いよ♪人は心と三味を弾きながら聞かせてくれる。

初夏をすぎると、東アジアは本格的な雨季を迎える。地球を巡るジェット気流がこの時期にヒマラヤの屋根にぶつかり、湿った空気を東アジアにもたらし、天の恵みを授けてくれる。梅雨は、「梅」の文化圏の天の恵みのことである。

明治以来、西洋の文化を今日まで輸入超過で突っ走ってきた日本ではあるが、

こと暦で言えば旧暦のほうが新暦より暮らしよい。旧暦は、新暦とほぼ1ヶ月以上のずれがあるが、梅雨時は、旧暦では皐月。皐月の「さ」は、田植え神事を表す古語であり、五月晴れは、梅雨の合間の晴れであって、本来、雲ひとつない晴れではない。宇宙自然の理に適う。梅の文化圏から尊く匂う見識を発信できれば幸いである。