1月2013

グローバリゼーション。不寛容の海を越えること

生活

正月早々に、パキスタンで痛ましい殺人テロリズムがあった。

タリバンの仕業ということだが、犠牲になった人々はNGOの人々たちで

あって、ポリオ(小児麻痺)撲滅のための啓蒙やワクチン接種を行っていた

善意の人たちというふうに漏れ伝わっている。

イスラム国家群の全人口は、中国の人口を凌ぐ規模である。

預言者マホメットの独特の教義を携えているが、スンニー派とシーア派の

武力抗争など後もたたず。かつてはイランイラク戦争のようにイスラム国家

間でも激しい戦闘があった。

本来、どのような宗教、思想、信条を保つかは、先進国では自由とされてい

いるが、イスラム国家においては、イスラム教の教義が個人の行動習慣や果

ては、国家のありようまで支配しているので、われわれ自身も心して、異文

化国家地域の人々とは、慎重にお付き合いしながら、もの言いや接し方を気

をつけなければならない。

 

それにしても、仮にもその国の子どもたち、言い方を変えればその国の未来

のために貢献しようとする人々を自分たちと考えが相容れないとして、いと

も簡単に抹殺してしまう感覚が寒気がするほど恐ろしい。他方、いたましい

テロリズムではあったが防ぐ方法はなかったものだろうか?

 

小生は、ネパールの山間民族の支援活動のお手伝いをしている。

イスラムほどではないにしろ、男尊女卑がはなはだしい。

まず女児は教育受けられず、嫁ぐまで水汲みや子守、家事手伝いに追われる。

このことは、気の遠くなる前から、彼らが保ってきた文化やおきてであり、

外部から強制力をもって改革するという性質のものではない。

 

しかし、最近変化が現れた。山岳地帯に近年雪が多く積もらず、水を確保す

るために雨水の貯水タンクや水道整備を支援した。そのため、女児らが水汲

みから開放されるようになってきた。村長の孫も支援活動で出来た初頭学校

の授業を覗くようになった。最近、子守をしながら小さな子どもたちに字を

教えたりするようになった。村長は、孫の可能性について考え始めている。

そして、村長は、時間をかけながら、女児に教育を受けせないという習慣を

保つべきか変えるべきかについて、村人と話し合いを続けている。

異文化の地に踏み入るときは、相手の風俗習慣や文化を最大限に尊重して接  しなければ、よいものもけっして根付くこといはないだろう。

グローバリゼーションとは、不寛容の海を越えてゆくことであろう。