1月2013

逝く者は、かくのごときか、昼夜を舎かず

生活

 まこと、時の逝き過ぎるは早い。論語には、「子、川上ニ在リテ日ク、逝ク

者ハカクノゴトキカ。昼夜ヲ舎カズ。」(子在川上日、逝者如斯夫。不舎昼夜)

とある。孔子様でなくとも、誰しも似たような感慨を言葉にできるのではなかろうか。さて、孔子様の主題は、だからこそ「道にきわまるところがなく、人は休まず学び続けなければならない」に行きつく。「御意」としか、応えようのない真実であろう。ところで、何事も計画を立てて挑戦しなければ、座して待っていても、時は逝き過ぎてゆくばかりである。この尊い人身をどのような気持ちで保ってゆけばよいのだろうか。

さて、平泳ぎは日本水泳界の代名詞である。

1972年当時の平泳ぎの代名詞は、ミュンヘンオリンピック金メダリスト田口信教氏(現:鹿屋体育大学教授)であった。彼の行状に、学ぶところが大きいと思うので紹介しておきたい。田口氏は、もともと才能豊かなスイマーであった。しかし、泳法違反で大切な大会で競技失格になったりして、思いのほか伸び悩んでいた。「実力があるのに、大きな大会になると力を発揮できない」と本人も悩みに悩んだ。

そこで発想を変え、自分が神様だったらどんな選手を応援するだろうか?と考えた末、当時の田口選手は「一日一善」を始めたという。率先して、更衣室の掃除をしたり、お年寄りの荷物を持ったりとか、とにかくどんなに小さなことでも良いから善行を毎日行うことを心がけたという。

結果、善行を人に感謝されることで、精神的な余裕が生まれたのか、実力を発揮しやすくなったようである。そして、田口氏に「神様を味方にして、金メダルをとった男」という伝説が生まれた。

 

この話は、今も現役の高校生にすこぶる評判が良い。とあるカレンダーに話が掲載されており、高校生が自己啓発用に買い求めている。目標に挑戦する高校生が、日々、カレンダーに向かい指針にしているということである。

時間は、誰にも平等に与えられている。しかしながら、判っていても大切に毎日使うことが困難で、時間のやりくり上手にもなれない。なぜだろうか。やはり、行き着くところは、「心の問題」としか言いようがないと気づかされる。

技術や知識は、一度身につけたら死ぬまで力を発揮し続けてくれる。しかし心は、毎日毎日、惰性の雑草が生えるので、それを根気良く抜くことをしなければならない。あるいは、心に栄養を補給する作業を怠ることができない。まさに「心こそ大切」である。それを承知はしているのだが、一生、最期を迎えるまで、鏡を磨き続けるような努力をしなければならない。根気が、人生を支える杖か。物事の成就は、人事を尽くした後に、さらに諸天の加護を必要とする。易いことなど、何ひとつ無く、難しいことばかりであると承知している。