1月2013

地政学上の宿命のゆきつくところか、韓国のG2認識

生活

年が新たまってから松の内も明けないときから、北朝鮮の軍事挑発やロケット(ミサイル)発射。核実験以外のことで、半島に注目が集まっている。

 

北朝鮮にグーグル社の社長が、私人の立場で訪問したということが、第一に

衝撃的だった。人権意識の高いアメリカ企業の首脳が北朝鮮を訪問するという感覚は、これまでの経営者の意識からすると信じがたい。

やはり、ITに力を入れていかざるを得ない北朝鮮側の思惑とグーグルの最貧

国にして優秀な人材と可能性のある市場という北朝鮮を見立てる思惑が一致したということだろうか。情報分野の技術は、安全保障にも大きな影響を及ぼすので、事の進展によっては眼が離せなくなりそうである。

 

韓国については、靖国神社の放火容疑者を日韓犯罪者引渡し協定を反故にし、中国に犯人を引渡したということについて信じがたい気持ちになった。

韓国の司法当局は、韓国政府から判断をゆだねられ、政治犯として放火犯を

扱ったのだろうが、放火犯は韓国では刑事犯ではないということだろうか。あるいは、中国の機嫌を損ねると大変な眼にあう、日本の反感はたいしたことはあるまいという見下した見方によると考えたほうがよいのかもしれない。

 

韓国は、地政学上の半島国家としての宿命に苦慮しているのだろうか。

北からは、中国をほとんど唯一といってよい友好国としている北朝鮮に、地政学的に押さえられていると見られても仕方がない。

サムスン、現代、LGなどの財閥企業は、韓国国内の経済情勢とは関係ないように輸出を伸ばしてきたが、圧倒的に中国に依存度を高める一方である。

他方、黄海は漁業問題や岩礁の領土問題でも、精神的に追いつけられているようだ。海上保安や海軍力では、韓国は遠く中国には及ばない。

 

さて、朴政権に移行するこの時期、韓国は米中二大スーパーパワーにすりよる方針のようだ。世界の認識はG2でもなく、ましてやG20でもない、G0である。もはや、世界を牽引することのできるスーパーパワーは存在しないとの

認識である。

 

韓国のG2戦略は、半島国家としての宿命や過度の危機管理への過剰反応の

現れなのだろうか。いずれにせよ、隣人の意識がかわりつつあるようだ。犯罪者引渡し協定を無視するような姿勢に変わっている。注視が必要である。

木曾義仲のこと薩摩のイモのこと。生まれ育ち、教養。

生活

 木曾義仲は、勇猛な武将に違いないが、品が無く無骨な武将のように描かれることが多い。その木曾義仲は、寿永三年一月二十日に非業の最期を遂げたとされている。(旧暦では、今年の元日が二月十日になるので、今年に限っては

三月も二日あたりになる計算。)源氏が、平氏を追い詰め、覇を唱えるに義仲の

働きはそれなりに重要であり、武功もあったと思うのだが、如何せん行儀がわるかった。

 

勇猛な義仲は、平家討伐に活躍がめざましかったと信じるが、都のしきたりや文化に疎かった。そのため、方言丸だしで物言いが粗雑。万事、素行の悪さが目立ち、そのことが原因で殿上人達に疎んじられ、始末には従兄弟の義経に討たれることとなる。言行が、先天的に粗雑な者などいない。都で生まれた義仲は、幼少の時に父に死別し、信州の中原兼遠に引き取られ育った。このように書けば、信州の方は気分を害されるだろうが、当時の都ことばや風俗習慣からすれば、信州の言葉を丸出しにする無作法者の所作は、都人には看過できなかったのだろうと想像できる。都大路を牛車で暴走させたことにしろ、他の不行跡にしろ、義仲にしてはたいした事ではなかったと思う。義仲の名誉のためにも至極、残念である。

 

話は変わって幕末、江戸城明渡しの時のこと。

幕府方の勝海舟安房守は、火消しの親方辰五郎などを使い、薩摩のイモ(芋侍?)が江戸を落としたら火を放つように言い含めていたと聞いている。勝安房曰く、薩摩のイモらは、無教養で粗雑、江戸の小綺麗な女性を見たら乱暴の限りを働くだろうと言い切っていたという。後の長岡、会津や五稜郭の戦まで含め、小職の知る限り、薩摩のイモらが女こどもに乱暴を働いたと聞いた事は無い。乱暴を働いたのは、西国のある雄藩のサムライもどきの連中である。後に西郷南洲翁と打ち解けた勝安房は、自分の思い過ごしに気がつく。元禄以降、旗本連中の体たらくは、甚だしい。勝安房は、多くの友朋らが四書五経を読むどころか、ろくに漢字が読めない者がいることを知り愕然とする。他方、普段、薩摩では晴耕雨読に勤しむ半農の下級武士らが、全員、酒井雅楽守(うたのかみ)と書いてあるのを正しく読めたことが衝撃的だったようだ。「薩摩のイモに負けるはずだ」と自虐的に側近に話したという。

小職は、薩摩の産である。島津の家老らは、蘭語と漢語に通じていて(バイリンガルが家老になる条件さった)、海外事情や地理に明るいのが普通なのだが、木曾義仲同様に、粗雑粗暴な僻地人のように思われていたのだろうと思うと先人らが気の毒である。

 

半農の下級武士にも特筆すべき人物はいた。中村半次郎、後の日本陸軍最初の少将桐野利秋は、西郷南洲翁に学びたいと貧しい暮らしの中で、開墾して収穫した形のよい「芋」を土産に持参する。

南洲翁の年の離れた弟らは、中村半次郎の持参した芋を「屁の元」と嘲笑する。南洲翁は大いに憤り、「これは、半次郎どんの丹精を頂戴した」と礼を述べ、

「半次郎どんを笑う者は西郷の縁者ではなか」と言い放つ。半次郎は、このとき「こみ上げる熱いものをこらえ、生死をともに」と誓う。教養とは、いったい何かと静かに思う。

 

その昔、中国で長く政府開発援助(ODA)の仕事で公務派遣されていたのだが、親しくなった山東省の市長が鹿児島にいってみたいというので、許可が下りるのに1年近くかかったが(中国は公職の身分の高いものほど海外出張の許可が下りにくい)、なんとか故郷にお招きできた。

 

鹿児島のお菓子には、特産ということもあり、また戦時中の食糧難の先人の苦労に学ぶという気風もあり芋のアイスや飴、せんべい、ケーキやクッキーなど好まれて買い求められる。

よかれと思い、市長や共産党書記にそれらを勧めたが、「これは豚のえさじゃないか」とつき返された。いわれて、「不愉快な思いをさせたのであれば、もうしわけないです。しかしながら、私はあなたのいう豚のえさを食べて大きくなったのです」といわずにおられなかった。

 

その後も形どおりのお付き合いは続いているが、国交がきな臭い情勢になってくると、国際交流の成否は、ゆきつくところ、あらゆるレベルの私人同志の交流で得たお互いの印象の総和が影響するのだろうと思われてならない。

 

人は、感じて動くもの

生活

 先頃、アメリカンフットボールの全米No1.チームを決めるスーパーボウルが

もうすぐやってくる。アメリカの4大スポーツで日本人に一番馴染みがあるのは、イチローや引退するまで松井の活躍したメジャーリーグであろう。次に関心が高いのは、プロバスケットボールのNBAだろう。アイスホッケーやアメリカンフットボールはといえば、日本では地域スポーツやシーズンスポーツとしか未だ認知されていない印象がある。アメリカでのスーパーボウルの位置付けは、プロ野球の日本シリーズとサッカーの天皇杯に大相撲の優勝決定戦を足してもステータスが届かない。さらに夏の甲子園の決勝戦を加えねば、これにかける思いや熱気、そして経済効果の説明さえ出来そうにない。

 

その昔、スーパーボウルで伝説になっている話がある。

長く低迷していたチームがあった。地域の人々には、贔屓の引き倒しで人気があったが、プレーオフの進出や地区優勝も夢のまた夢という感じだった。

そこに、請われて名監督がチームに就任した。

経験豊かで、実績豊富な名監督に率いられてチームは変貌する。

まず、監督の指示どおりにやっていれば、成績は上向くんだとチーム全員は信じるようになった。前年度の地区チャンピオンやリーグチャンピオンの背中が見えた時も焦らず、ただただ監督の指示通りに従った。

最初は、夢にしか思えなかったものが、いつしか現実的な目標に変わっていった。なにが、このチームを変えたのか。それは、このチームがスーパーボウルの全米NO1決定戦に臨んだ時、監督がロッカールームで発した檄に答えがあった。

 

“今日まで、辛かっただろうが、よくぞついてきてくれた。ありがとう。”

 

“今日、此処で勝つ事は、これまでのどんな試合よりも困難なはずだ。”

 

“ただ、君達は、忘れてはならないことがたくさんある。長く低迷したチームを愛し支えてくれた多くのファン達。不治の病に斃れ、必死に生きようとチームに願いを託す人達。事業に失敗し、あるいは仕事をなくし、それでも困難に立ち向かう勇気を奮い立たそうとする人々たち。君達は、今日、倒れた人々から再び立ち上がる勇気を求められている。君達は、負けてよいのか。愛する人のために勝とう。君達は、多くの人の希望なのだから。いいか、死んでも勝て。愛する人のために勝つんだ!”と。

 

チームメイトは皆、こみ上げる熱い涙を流しながら、ピッチに走った。

 

“MOTIVATION”~モティベーション。日本語で動機付けと訳される。モチーフとアクションの合成語。人は、期待を心に描けた時、無尽蔵の情熱によって、

内燃機関が動きはじめる。最も尊い人とは、そのエンジンに種火を点ける人。

 

なぜ、NPOやNGOは必要なのか。

生活

 今回はNGO、非政府機関について必要性を考えてみたい。

21世紀に入る頃、なにかと20世紀の総括が頻繁に行われた。20世紀にキャッチフレーズをつける作業である。国際機関が、一番納得したフレーズは、「戦争の世紀」だった。どうだろう、意外に感じられただろうか。司馬遼太郎の「坂の上の雲」。秀逸な明治の群像を描いた作品だが、日清・日露戦争にどのように向かい合い、いかに準備を行い闘ったかを語る貴重な多くの資料の裏づけもある。そのため、戦略・戦術・戦務レベルの行動に詳しく組織人のバイブルともなっている。日露戦争は、歴史に対する日本人の思い入れもあるのだろう。かなり大きな戦争だという印象が多くの人にある。しかし、20世紀に起きた紛争や戦争は、日露戦争規模に計算して70回以上あったといわれる。



20世紀の殆どの戦争は、「民族自決主義」的な戦争であり、国益をかけて闘う大義名分がはっきりした戦いであった。戦争に良い悪いは本来ないと思うが、「国家と国家」「民族と民族」とが自らの存在を問う戦いだったといえよう。20世紀の初頭から、国家や民族はとにかく戦争に次ぐ戦争に浸かりきっていた。戦争や紛争は、先進国や途上国、後進国に限らず、様々に起きた。いや、頻発していたとか、定期的に衝突していたという印象である。だから、第二次世界大戦以後、日本だけは奇跡的に半世紀以上戦争渦に遭遇することなく平和を構築できたと考えたほうがよさそうである。

 

未だ、忌々しい記憶の残る9.11やアフガン・イラク戦争。思想の背景に宗教の影響がはっきりしていたとしても、「国家と国家」「民族と民族」の戦いの構図は見当たらず、テロは始まりも終わりもない一方的な暴力的な戦いだといえよう。「国家と国家」「民族と民族」の戦争や紛争は、国益や民族益を問う問題であり、国連をはじめとする国際機関も調停にも力を発揮できた。テロを非難する事が出来ても、テロリスト達の実態や本拠地も明らかに出来ない。話し合いの機会をもつことさえ出来ない。意思の伝達は、メデイアだよりの色彩が強い。解決の道筋をつける処方箋より、混迷の度を増す印象が強くなる一方である。

20世紀を「戦争の世紀」と総括した賢人達のなかに、21世紀の初めに期待を込めてこの世紀を「人道支援競争の世紀」と名づけた人々がいた。人道支援競争の言葉には、期待と希望を込めた心情以上の意味があると考えている。

先に、現在の国際テロに見られるように、問題解決の処方箋に「国家」や「民族」同士や「国際機関」の主導するものが有用でなくなってきている以上、「非政府機関」つまりNGO組織の果たす意味は大きく、また存在感を増している。

 

NGOは、非政府組織である以上、国益や民族益といった狭量なナショナリズムやポピュリズムを排除しないと成り立たない組織である。また、民間人が信頼を醸成しながらネットワークを構築して運営する組織である。財政的には、運営は厳しいが、利害が複雑にぶつかり合う調整には都合が良いことだろう。

主権の存在は別にして、国際の「際」自体が危うい。インターネットの情報やウイルスを例に取るまでもなく、人の思惑や願いは簡単に「際」を超える。AIDSや鳥インフルエンザの問題は、単に国家レベルで解決できない領域にある。経済犯罪や経済問題も同様である。反対に「際」が問題の解決を阻むものは、「人権問題」ぐらいではなかろうか?

 

UNHCR(国連高等弁務官)時代からの緒方貞子氏は、「人間による安全保障」を提言してきた。そして現在、それは、日本国の安全保障政策の根幹とまでなった。国連で最も重要な機関は何かと問われて、大方の人は安全保障理事会と応えることだろう。安全保障問題は、「国家と国家」あるいは「民族と民族」の問題であり、国際機関が調整すべき問題であった。しかし、解決のスキームが崩壊した以上、これに頼った解決は困難である。いまや安全保障理事会では、「制裁決議」と「武力行使決議」に専門特化した機関のようでもある。「国や国を構成要因とする組織」が安全保障で機能しないことは由々しき問題である。

「人間による安全保障」とは、最終的には個々人の良識による解決を望んでいる。そして、なによりも国家の枠を超えて、良識ある行動をする集団に期待をしている。戦争を良識ある市民のネットワークによるファイヤウォールで封じ込めることを期待している。そして、その実、有用である。

 

超大国アメリカは、国益に叶わない戦争終結や地球温暖化対策に腹立たしいほど消極的である。その一方、NGOの存在感は増す一方である。戦争終結のために世論を形成し、環境対策を行い、政府と異なる意思と行動でNGOは世界を動かしている。アメリカの2大圧力団体は、アメリカライフル協会とアメリカ退職者協会である。日本でも、団塊世代の存在が年々歳々増している。待できそうだ。

 

早 春 賦

生活

 穏かな暖かな日が続いている。“春は名のみの風の寒さや”と思わず歌の一節が口をついて出てしまう。この冬は、比較的に暖かいということもあったが、風が穏やかで、陽射しの柔らかい午後、風の冷たさと春の陽射しを味わいながら草花の手入れをするのも愉しいものだ。しかしこの冬は、3月にチューリップを咲かせる予定で球根を植えたも、思いのほか目覚めが早くて驚いた。今は、向日葵の種播き時をどうしようかと思案している。地球温暖化傾向も定着しつつあり、種苗メーカーも「春播き」「秋播き」の記述に関しては見直しが必要になるのではないだろうか。

さて、春秋は微妙な季節の味わいがあるようだ。

秋、いよいよ深まるといういい方をする。春、まだ浅いといういい方をする。

夏や冬には、そのような言い方がない。ある意味、盛りや極みを表す季節感が

深いとか浅いとか言わせにくいのだろうか。いや、季節の色感なのだろう。

詩歌が海を渡ってきた時、この国の先人たちは季節の景色を愛でる秀逸な表現を学んだことだろう。景色は、季節の筆がつける色なのだと先人たちが思い、さまざまに言い残した大和言葉であれば、季節を深い浅いとした感覚は尊い。

 

書画。当初、禅宗とともに伝来した時は、書も画も区分けられずに伝わってきた。その頃、中国の墨と紙をありがたく拝むようにして使っていたことだろう。しかし今は、贔屓目なしに日本の方が、匠技が勝り、墨も紙も質が高くなったようだ。青墨は、松を燃やし、その煤(すす)を膠(にかわ)で固めてつくる。奈良の匠の話として、墨を納めた箱に青は、十三種類あると書いてあった。当然、青は藍より出でて、なお青しというくらいだから、藍から始まり、紺も濃紺もあれば、浅黄色など色に濃淡深浅の表現がなされる。青墨は、十三の青い色を細かく表現はできないことだろうが、深い浅いという青であれば墨を白い紙に筆で走らせることはできる。

さて、水墨画の世界に親しい禅師のことばを紹介したい。

花は愛惜にちり、草は棄嫌に生ふるのみなり

雪裡の梅花只一枝

雪月是同なり、渓山格別なり ~ 道元禅師 ~

雪深い越前の永平では、墨の衣をきた雲水(修行僧)たちが只管打坐という坐禅の修行をおこなう。只管(ひたすら)に座るのであって、懸命に坐するのではない。ただ坐するのである。力んでもいけない。只管は、本当に難しい。

いつも目にする色鮮やかな世界。凡夫は、目にしても殆ど印象を心に刻むこともない。自然と向き合い、自分と向き合い、命を惜しむように暮らせる境涯に辿りたい。何より他者へ労わりの心情が、豊かな景色を見せてくれよう。

地政学的な宿命に日本はどう向き合うべきか

生活

 2012年問題といわれた世界の主要国の首脳の交代劇も落ち着いてきている。わが国でも安部総理が韓国に特使を派遣するなど、東北アジアの安定に向けた外交に動き出している。2012年、日本は北朝鮮との関係に特段の変化をもたらすことが出来ず、安全保障問題ではアメリカとの信頼を損ねてしまった。いわんや中国とは尖閣諸島国有化問題で、いまだに極度の緊張関係にあり、韓国とも竹島問題で砂をかむような思いを強いられている。

 

中国韓国との領土問題は、2012年末に両国が国連に提案した大陸棚問題

に見られるように、海面に浮かぶ島の問題に尽きず、大陸棚を含めて考えねばならぬ地政学上の宿命の問題であって、好むと好まざるとによらず避けられない問題と認識すべきことがらである。さらに両国とは地理的なこともあり、世界的に見ても相互に大きな経済活動をしている。また、規模の大小によらず、多くの民間企業が進出、あるいは投資を行い、財貨が複雑に行き交っている。

したがって、経済や人の交流の発展によって、良い意味で恩恵を受けることが、地理的条件としてあると同時に、ひとたび関係が悪化したり混乱すると、極度に緊張し、重大な事態に陥り悪い影響を受けることも必然である。

昨今、チャイナリスクということばがメデイアで盛んに踊っていたが、循環する経済禍というような性格のものではなく、最初から織り込まれているべき宿命であって、危険負担の検討については楽観することなく、現実的に対処すべきである。

 

国際的な視野に立てば、中国に対するアジア諸国の抱える安全保障上の脅威は歴然と存在し、経済力に関しても依存を高めたいとする一部の国を除き、FTAを用いるような形で、悪影響を抑えたいという意思が見え隠れする。

中国とて、順調な経済発展を動力にして改革を行ってきたが、いまや翳りも見えている。中国が、自助努力だけで、産業構造の高度化やこれまで有利であった安い労働力から生産技術の大変革の実現に至ることはもはや困難である。

わが国に話を戻したい。中国が求める資本や技術は、ここに至っても多く持つ邦人ならびに日系企業が有しており、関係が良好であるならば、依然として

中国にとって魅力的であろう。ならば、可能な限りは中国の求めに応じて協調し、また競争できることが問題解決にも役立つに違いない。わが国においても、市場が人口減少によって眼に見えて縮小してゆくことは明らかであり、商社を先頭にメーカーなども大手ばかりでなく、中堅、中小企業までもが海外に拠点進出している。経済界では、華僑ならぬ和僑になる覚悟も強く求められている。まず、日本人全体が地政学上の宿命に向かいあう覚悟が必要であろう。

グローバリゼーション。不寛容の海を越えること

生活

正月早々に、パキスタンで痛ましい殺人テロリズムがあった。

タリバンの仕業ということだが、犠牲になった人々はNGOの人々たちで

あって、ポリオ(小児麻痺)撲滅のための啓蒙やワクチン接種を行っていた

善意の人たちというふうに漏れ伝わっている。

イスラム国家群の全人口は、中国の人口を凌ぐ規模である。

預言者マホメットの独特の教義を携えているが、スンニー派とシーア派の

武力抗争など後もたたず。かつてはイランイラク戦争のようにイスラム国家

間でも激しい戦闘があった。

本来、どのような宗教、思想、信条を保つかは、先進国では自由とされてい

いるが、イスラム国家においては、イスラム教の教義が個人の行動習慣や果

ては、国家のありようまで支配しているので、われわれ自身も心して、異文

化国家地域の人々とは、慎重にお付き合いしながら、もの言いや接し方を気

をつけなければならない。

 

それにしても、仮にもその国の子どもたち、言い方を変えればその国の未来

のために貢献しようとする人々を自分たちと考えが相容れないとして、いと

も簡単に抹殺してしまう感覚が寒気がするほど恐ろしい。他方、いたましい

テロリズムではあったが防ぐ方法はなかったものだろうか?

 

小生は、ネパールの山間民族の支援活動のお手伝いをしている。

イスラムほどではないにしろ、男尊女卑がはなはだしい。

まず女児は教育受けられず、嫁ぐまで水汲みや子守、家事手伝いに追われる。

このことは、気の遠くなる前から、彼らが保ってきた文化やおきてであり、

外部から強制力をもって改革するという性質のものではない。

 

しかし、最近変化が現れた。山岳地帯に近年雪が多く積もらず、水を確保す

るために雨水の貯水タンクや水道整備を支援した。そのため、女児らが水汲

みから開放されるようになってきた。村長の孫も支援活動で出来た初頭学校

の授業を覗くようになった。最近、子守をしながら小さな子どもたちに字を

教えたりするようになった。村長は、孫の可能性について考え始めている。

そして、村長は、時間をかけながら、女児に教育を受けせないという習慣を

保つべきか変えるべきかについて、村人と話し合いを続けている。

異文化の地に踏み入るときは、相手の風俗習慣や文化を最大限に尊重して接  しなければ、よいものもけっして根付くこといはないだろう。

グローバリゼーションとは、不寛容の海を越えてゆくことであろう。

おでん と 関東炊き

生活

ある著名な作家が、行きつけの居酒屋の親父に揮毫を請われた。しばし、考え込んでいた作家は、一気に筆を走らせた。店の親父は、喜色満面となり直ぐに額装し、店の正面奥に掲げたという。ある時、知ったかぶりをする常連が、若い者を連れて来ていた。「書」の本人がいることを知らずに、しったかぶりの御仁は、その「書」を誉めまくった。そして、若い部下に解説したという。「その雄名は、九つの江河に轟く。男は、かくありたいものだな」と。それを聞いた件の作家が驚いた。口に入れていた熱い「おでん」を飲み込んでしまい眼を丸くした。作家は、「おどろいたな、そんな意味があるなんて」といい。ただ、此処の親爺の店の一番売りは、「おでん」だと言いたくて「雄伝九江」~おでん喰え~と揮毫したのだというオチである。

 

「おでん」の由来は、もともと「田楽」による。あの「味噌田楽(でんがく)」の「田楽」である。その「田楽」も古くからある「田楽芸能」に由来する。

今冬大ヒットの映画「のぼうの城」でも演じられていた田楽踊りの田楽である。その田楽芸能の芸人らが、竹馬を逆さにしたようなものに乗って芸をしたので、その様にあやかり、タネを串に刺し山椒を効かせ味噌つけて焼いた「木の実田楽」が生まれた。さらに、そこから串にタネをさして煮る料理が生まれる。田楽の頭に「お」をつけて「おでんがく」、さらにこれを縮めて「おでん」というようになったらしい。

さて、関東では、「おでん」は「煮る」料理である。関西では、「炊く」といういい方をする料理である。関西でいう、いわゆる「関東炊き」のことである。その昔、給食の時間の献立表に「関東炊き」はあったが、「おでん」は無かった。関東では、「釜」を用いると「炊く」であり、「鍋」を用いると「煮る」である。関西では、「釜」を使おうと「鍋」を使おうと「炊く」にどうやらなるようだ。そうなると「鍋焼きうどん」は、関西風では「鍋炊きうどん」が正しいのだろうか?博多を中心に、九州全域で冬季に鍋の代表格「水炊き」。高級地鶏のだしを生かし、白濁湯が出来るくらいに「炊いて」愉しい。関東風に直訳すると「水煮」だろうか「湯煮」だろうか。しかし、これだと美味しさや愉しさが伝わらない。せめて、「地鶏鍋」というくらいに言っておかないと雰囲気が伝わらないだろう。

 

今期の冬は、今のところ概して穏やかである。しかし、立春を迎えても、本格的な春にはまだ間がある。さらに、旧暦の正月までまだ日もある。

せわしい世の中である。完全に手を休め、立ち止まって自らを省みることもなく、歳を越してしまった御同輩。旧暦の正月までには、本年の目標と計画をしっかりと据えたいものである。1日(ついたち)は、もともと「月立」「遡日」と書いた。「月立」とは「つきをたてる」、「目標や計画を立てる」日と先人は説いた。君子は自らを反みるというが、なんとかこれに倣いたいものである。

雪が、天からの手紙であるとすれば

生活

「雪は、天からの手紙である」といった気象学者がいた。

雪の結晶を見れば、天の様子や気象変動もつぶさにわかるというのだろうか。

しかし、憤然やるせない思いで生きる人にとっては、不浄なものを覆い隠し てくれる雪は、天からの癒しの手紙とも感じられるかもしれない。

普段は、桜梅桃李が詠う自然の摂理にさえ、関心が及ぶ事などは無い。

雪が降れば、雪は人の思いなど知ってか、地上の人々の名残を惜しむかのように地表を覆い、一向に去り難いようでもある。



ヘルマン・ヘッセに「困難な時期にある友へ」という詩がある。

一節に、「陽の輝きと暴風雨とは違った空の表情に過ぎない」とある。

地上に嵐が吹きすさび、高見から水が狂いながら下ろうとも、見上げる雲の上には、いつも不変の陽の輝きがある。この感慨には、大きな救いがある。

雲海を西へ西へと進む。西は十二支の酉(とり)の方向。陰陽五行説では、

金である。その一向に沈まぬ春の夕陽を追いかけ、陽光のなかで記憶を辿る。

水際から昇った陽は、必ず陽垂れるもの。行雲流水、自然の摂理は確かで、時は破壊者。人の気持ちに無遠慮に踏み込んでくる。



いつか、人にはその時は来る。

だが、いつかに備えた構えを容づくることは難しい。



何より、知識、技術は一度身につければ、生涯の糧にもなろう。

が、心には、どんな人でも、毎日、毎日雑草が生えてくる。

一念三千。人、それ自身が煩悩の塊ようなものである。

毎日、毎日、心に生える雑草を丁寧にむしり、僅かにいただく時間の功徳に

感謝のまことを捧げられるような人生は幸いであろう。



発心は、なにより自己啓発的な心の財である。

多分、その他者へのいたわりの本質は、仏の性で行う「施し」である。誰にでも出来る「笑顔」や「励まし」から始まる「施し」である。「その施し」の幾分かを国内外で行う事ができればこの上ない。国際交流や国際貢献のごく一端を担うことも叶えば幸いである。一旦、機上の人となれば、沈まぬ陽光をどこまでも追い掛けることが出来る。それを何時までも続けることが叶うかのように錯覚してしまう。



現世に別れを告げるときは、幸いな人生だったと誇りを持って語りたい。



梅が匂い、桃が芽吹く。そして、絢爛豪華な桜の便りも早く届きそうである。

真に豊かな人生。名残り多き人生。花はまこと、愛惜に散るのだ。

得意澹然 失意泰然

生活

この数年、日本経済は六重苦におかれていたといわれている。

それでも、円高に耐えて合理化を行い、世界をうならせる国際債権を増やし、

安定した資産を形成するなどしてきた。他方、東日本大震災の被災地は、先

の見えない除染作業で復興予算を費やすことがあっても、眼に見える形での復興は一向に見えてこないというのが実情である。

厳しくなった国際競争を勝ち抜こうにも、国の威信をかけて勝負を挑む韓国

財閥群や批判されながらも為替管理を実質続ける中国の輸出企業群の後塵を拝するようで、日本企業のうつむき加減の姿勢がなかなか直らない。日本全国オール負け組みのような雰囲気を一刻も早く払拭したいものである。

 

とはいえ、相対的に勝っている者とて、現状が永遠の成功、あるいは安穏の保証書獲得などには一向にならないものだ。私たちが躓くのは、「大きな山ではなく、小さな小石である。」目に入る大きな山は、いつも気に成るに違いないが、まず足元を見つめるべきなのだ。健やかな人生を望むなら、昇りたい山を遠くに眺めつつ、足元の小石に目をやりながら、山の頂と自分の足元との間に途中の目標になるような樹木を見つけて、たえず自分の位置を確認するような行動がのぞましい。

日常にあっては、次の目標を問われれば「明日の仕事」であり、「昨日までの自分に勝つ事」である。「一瞬一瞬を重ねて一生なり」である。言い方を変えるならば、短期目標と長期目標において異なるのは、難易度ではない。一日あたりの懸命な努力精進は同じはずだからである。違うのは、達成にかける時間の量だけということになる。

 

話を変える。モンゴル人男性の寿命は、苛酷な気象条件その他もあり、地域によっては40歳台後半というところが多い。したがって、人生を尊い有限の時間と捉えるとき、命を散らすような迫力が生まれるだろうから、大相撲でモンゴル人横綱に勝つ事は、困難を極めるだろう。はたして、横綱白鵬はしっかりとした死生観や立場がもたらす自覚からか、圧倒的な風格さえ漂ってきた。

 

年は、穏やかに明けゆき、なにより「無事」に正月を迎えられた。

命に別状はなく、生きている限り希望は、いつもこの胸にある。命があったら、何でもできるじゃないかという大局観があっていい。理不尽にも、いわれのない事で経済的な損失を蒙ったり、肉体的や精神的に深く傷つけられたり、そのような危険負担は日常的にどこにでも潜む社会になってしまった。



有事斬然 無事澄然 得意澹然 失意泰然

 

厳しい現実に直面しても、すこしも慌てることなく勇気を奮い起こして生きてゆきたい。無事で一日を終えられた時、心からの感謝と他者への理解に気遣いできるようでありたい。得意の時、凡夫はなにかと傲慢不遜になりがちである。失意の時、凡夫は全てを失ったような気持ちになり、心の中の大事な財産さえ見失ってしまうことがある。去年までと全く変わりなく、一年は365日、1日は24時間。経済人という名乗り方を私達はする。その本質は、家族を大切に思う人たちが、温かいまなざしを国内外にむけようと志向する自然発生的な世話焼き集団でもありたい。一期の尊い人生に、本来、勝ち組も負け組もあってなるまい。

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