2月2013

胸の奥に灯るもの

生活

先の山中伸弥京都大学教授のノーベル賞医学生理学賞の受賞は、日本人の矜持について再考させてもらえ、また少年期の家庭教育のあり方や自らを社会に役立たせようという志の持つ力についても考えさせてもらった。特に、自分のコンプレックスを克服しての業績や患者をひとりでも多く救いたいという思いに頭が下がる。医師になれと職人の父君は仰せだったと聞いたが、素晴らしい

指針を与えられたのだろうと想像する。ところで過去のノーベル賞日本人受賞者で、もっとも日本人らしいメンタリテイーをお持ちだと感じられたのは、私個人には益川敏英氏であったと思う。受賞記念のご当地での日本語講演の話がある。氏が小学生の頃、家具職人や砂糖商をしていた父親は、科学や技術に関心が深く、いつも銭湯に通う道すがら、モーターの回る仕組みや日食、月食の原理を話してくれたという。理科の面白さをそうして知ったと英語嫌いの益川氏は語ったという。簡単ではないノーベル賞の受賞であるが、氏の父君が少年に熱く語ったものが胸に今も灯っていることだろう。他方、同じく受賞者である白川英樹氏が中学校の頃の思い出を語ったときのことを同じ新聞は伝えている。が、少し寂しい話になっている。物理の時間にひとりの同級生が、「雲は、なぜ落ちてこないのですか」と質問したという。教師は、「雲をつかむような話だ」と話をそらしたという。先生もわからないから一緒に考えてみよう。「そう答えてくれたら、私は化学でなくて物理の道に進んだかも知れない」と。長い月日をかけて取り組むべきものには、それを行うにふさわしい動機づけが必要に違いない。ことを成した人の中には、必死に、夢中に追いかけただけという人もいるが、一意専心させるエネルギーは相当なものがある。胸の奥に恒星のような輝きや原子力エンジンのような推進力があるに違いない。



素晴らしい動機付けということから、過去のフィランソロピストの受賞者

を紹介したい。非営利活動のひとつのすばらしいモデルとして紹介したい。この賞は、社会に役立つ寄付をした人を顕彰する賞で、昨年で14回目を数える。受賞者のうちのひとり、専修大学四年生の時に受賞した戸津亜里紗さんは、十数年前からインドネシアに中古の車椅子を送り続けている。生まれつき全身の筋力が弱く、自分も利用者である。自らがハンデイを背負って暮らす生活の中、車椅子の必要性を誰よりも知るからこその行動なのだろう。

静岡県磐田市で寝具販売を営む三島治さんは、アフリカのマラリア対策用として、蚊帳を寄付している。もう17年になる。誰にでもできることではない。

といっても、まねて後に続くこともができなくもない。何より必要なものは、

胸の奥に灯るものである。暖かくて強い気持ちである。それを「まごころ」と、あるいは「信念」という言い方をする人もいるかも知れない。