2月2013

文字の鑿を自分の胸にあてて

生活

 過日、城山三郎氏の著書を紹介した。私は若き日、多くの城山作品を読めたことをつくづく幸せに思っている。その人にとって、かけがえの無い著書というものが夫々あると思うが、私にとって、読んだ城山作品全てがそのように思えてならない。

あなたは、著書名を見ただけで胸がいっぱいになるような愛読書があるだろうか。あると言えるなら、それは人生を豊かにしてくれる財に違いない。私は、十代で城山作品に出会った。最初に読んだのは、「男児の本懐」。宰相「浜口雄幸」と大蔵卿「井上準之助」が、暗殺をされることを覚悟で金解禁に踏み切る。彼らの信念、そして暴力に斃れた彼らの思い、当時の国内外や後世の評価、その記述を幾度も幾度も読んだ。十代の自分は、城山三郎氏の文字の鑿で、いくつもの大切な言葉の意味や人生をかけて取り組む仕事の意味を胸に刻みつけることが叶ったのだ。

最初の読後感は、浜口と井上の生き様に打ちのめされ、こみ上げるものがあり、嗚咽とともに熱ものがほとばしり出た。今世で一番涙が出たかも知れない。高等学校の日本史では、とおりいっぺんの史実しか教えない。ましては、アジア諸国への外交上の遠慮があるからなのか、戦争の遠因や軍部の独走についての十分な記述が教科書にはほとんど無い。昭和初期から五一五事件、二二六事件、時代の空気や人々の暮らしの様子を城山作品から知ることができたことは幸いだった。今でも、書店で「男児の本懐」の文字を見つけると十代のときと同じように胸に熱いものがこみあげてくる。

さて、「著書名」を見つけると、思わず涙目になってしまう城山作品がある、「落日燃ゆ」である。外交官から外務大臣、総理大臣と出世する中、徹底して軍部の独走に抵抗し、戦争に反対し続けた広田弘毅を描いた作品である。作品中、「自らは、計らわず」という論語の教えにのっとり、一切の弁護も受けず、元気に死んでゆくために、淡々と体を獄中で鍛える広田の生き方には、今でも圧倒される。東京裁判後、判事たちでさえ「なぜ」、広田が死刑になったのかわからないというような始末だった。戦勝者が、敗戦者を一方的に裁くということが許されるのかと今でも腹立たしい。

夫人は、広田の心中を慮り自刀する。広田は、先に逝ってしまった妻に最後の日まで、淡々と愛情豊かな文を書き送る。遺言をと問われても、淡々と健やかに逝ったと伝えてほしいと。前後の事情が少し変われば、英国大使や外務大臣、総理大臣を広田弘毅と同じように歴任した吉田茂首相がそのような目にあっていたかも知れない。歴史に、「もし」を考えてみることは詮無いことだろうか。教育制度では、日本近代史を体系的に学ぶ教育機会に恵まれない。だからこそ、自ら意識して研讃を積み、さらに求めて学ぶ必要がある。