2月2013

此花のこと~「難波津に咲くやこの花 今を春ベと咲くやこの花」

生活

 大阪に「此花区」という行政区があるが、これはこの歌の「この花」からとった由緒正しき名前である。今上陛下が、平成に入り一時期朝鮮半島への思いを語られたことがあった。そして、「百済」の皇族の血が皇室に流れていることを公式の場で認められる発言を成されたことがあった。この歌の作者王仁(わに)は、百済の帰化人である。この歌は、仁徳天皇の即位を祝って捧げた格調高い伝説の歌ということになる。

さて、「この花」とは何の花だろうか。

日本では、花といえば「桜」であるが、「この花」は「梅」である。

 

「梅」は匂う花である。

「東風ふかば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」

菅原道真公も不遇の晩年、苦境にあって梅の匂い、慰められたのだろうと想像に難くない。梅の匂いは品格が感じられるたとえにも使われる。御座敷でも、

三味の音にあわせて「梅は匂いよ 人はこころ」と歌われるようだ。

「梅」は中国の国花である。

なぜ、国花に制定したのか分からない。だが、老梅の枝が折れても曲がってもなおも伸びる。苔むすともなおも盛んで匂う生命力を讃えているようにも思える。よく花札にもある梅に鶯。最近になって、よく知られるようになったが、鶯に見間違えたメジロだったという事である。梅が咲き匂うころは、まだ鶯は鳴かないらしい。梅の格調高い匂いが、様々に想像を掻き立てるのかも知れない。

花の女王はといえば、古くから牡丹ということに相場がなっている。

「立てば芍薬(しゃくやく)座れば牡丹」なるほど説得力のある感じである。

敬愛する吉川英治の牡丹を語った名文がある。

先頃頂戴の牡丹の薪にて~宿望の一会を催し申し候。~中略~酌人には牡丹の花と申しても偽りなき赤坂の美妓に候。丹炎誠に美しく、微薫ある煙も、牡丹なる故にや苦になり申さず候。~中略~炉明りのみにて暫時を雑談に忘れ申し候。食後又、炉の自在鉤に湯釜をかけ、牡丹にて沸かしたる湯にて、桔梗の女主人なるが薄茶の手前一ぷく立て候て、これは無数の風流と興じ入り申し候。

中略~洞厳氏曰く、牡丹はむずかし、然も今宵はいける牡丹あり、老筆及ぶ可からずとて止み申し候。誠に御蔭を以って王者の贅も及ばざる名宴仕り候。

贅沢には金が必要かもしれないが、お付き合いを含めて時間の使い方が一番むずかしそうな気がする。ぬるい温泉に長くつかって北国の夜に、月に照らされた雪見牡丹を見ながら無言のうちに、独り酌で静かに過ごしてみたい。