2月2013

願わくは花の下にて春死なん その如月の望月のころ

生活

 二月十五日は、西行忌だった。もっとも、旧暦の二月十五日のことだから、新暦に直すと今年は、三月二十六日、つまりはお彼岸も過ぎ桜満開間近となる。

西行の歌が、多くの人に諳んじられるほど、有名あるいは愛されているのかといえば、くどいほど説明調になっているようでも、韻を含んでいて耳に心地よいからではないだろうか。

しかし、事情通からすれば、今から遡ること八百十九年前の旧暦、如月の望月、二月の十五日に、ぴたりと死にたいと願い死んだということである。歌人藤原定家や慈円などからして、驚くほど賞賛をされている。その日が、新暦の春分あたりに当たるのであれば、なるほど桜の下にて死なんは、絵になりそうである。信じがたいが、自殺をするのでもなく、能動的に自然に希望する日に死ぬことができたことが、なんとも凄まじく、ただ感嘆するしかない。

さて、望月のことである。

月は、14日間から15日間で新月から満月になる(太陽の運行を中心とした新暦と月による陰暦では、計算にずれが生じる。)。新月から満月の間に上弦の月があり、満月から新月の間に下弦の月がある。望月とは、月の中日であり、満月の日のことである。日本の神事は、新月と満月。一日と十五日に行われる。瑞穂の国は、太陽と月の力が無ければ成り立たないことを長い稲作の歴史で学んだのだろうか。今年の三月二十六日は、旧暦の二月十日にして満月の一日前である。西行の願い焦がれた思いと真実とが、天文学的にもよく符合する。

 

ところで、二月十五日は、兼好忌でもある。

高等学校では、誰しもが古文の時間に吉田兼好の徒然草を暗唱させられたりしたのではなかろうか。方丈記にしてもしかり、名文というのは実に韻を含んだものであり、人の鼓動や呼吸に相まって心地よく反響するかのごとくで、左脳から発した音でも、右脳に共鳴して記憶の底に鎮まってしまうようである。

名文といえば、今年は源氏物語一千年紀である。

この世界最古の連続恋愛小説なれど、現代訳が無ければ高等学校で習った古文程度の知識では、到底、読破できそうにもない。気負っても、冒頭桐壺の巻で投げ出す人が多いと聞く。桐壺源氏なる呼び名が、古くから定着しているくらいなので、挫折せずに読破するのは容易ではなさそうである。瀬戸内寂聴さんの言を借りれば、紫式部は、恋愛小説の形を借りて、人の生きてゆくうえでのしがらみや対処法を示した優れた著作だという。恋愛小説の形を借りて、生老病死愛哀憎の形を世に広めた功績が大きいと。一向に読む気が起きないが。

たまには早く帰宅して月でも見上げながら人生設計を考えてみてはいかがだろうか。経済に支配されるのではなくて、幸せになるための人生なのだから。