2月2013

すし職人 小野二郎さんのこと

生活

 今や高級寿司ネタは、香港の寿司王にことごとく買い占められるようになった。国際化を果たした寿司だが、ミシュランの東京版ガイドブックに掲載されるということの評価。その賛否は、いろいろあって当然。あくまでも、ミシェラン流の評価であって食通や評論家が口角泡を飛ばしてまでもムキになることでもあるまい。三つ星の店の中で、「すきやばし次郎」は、選ばれて当然というか、こちらも素直に納得がいった。80歳を越える三つ星シェフは小野さんただひとりらしい。健やかな職人人生後半を願ってやまない。

「すきやばし次郎」のお店のことは、その昔、若く有望な寿司職人に教わった。その職人は、順当にゆけば世田谷に店を構える老舗の四代目になる男である。その職人は、未だ三十半ばを過ぎたばかりで、よその店で修行に明け暮れる毎日だが、恐ろしくできる男である。いまどきの寿司屋では、出来合いの出汁巻き卵をつかうところが多く、うまくつくれない職人も多い。この男は、できばえもよいが、すばやく綺麗につくり焼き印を誇らしくつけてゆく。

ひかりものの中では、江戸前ネタ「こはだ」の仕込みが面倒。加えて、出汁の効いた酢につけ込む加減に経験がものをいう仕事である。さらに、巻物などで使うでんぶ。家庭でつくる巻き寿司でよく使うが、本来は職人が店でつくらねばならない。今の職人さんは、昔の職人さんから言わせればセミプロか、見習い程度ということになろう。

ある宴席で、この職人が招かれ、うるさ型の著名人らの前で握ることになった。寿司にも一家言もつ御仁らは、若い職人に一瞥くれ、つまらなそうに。が、職人が包丁でネタを裁いたり、握ったりするたびに、魅き寄せられ行列になった。腕のある人は、きっと誰が見てもわかるのだろう。

さて、この職人に夢を聞いた。「すきやばし次郎」で寿司を食っても位負けしない人間になることと、「すきやばし次郎」のような店をつくることだと。すきやばし次郎を覗いたが、店に入るのに躊躇した。そこで、銀座の書店で小野二郎さんの寿司の図鑑や職人としての哲学が書いてある著作を買って帰った。

著作で印象に残ったのは、イクラの軍艦巻きの発祥はこの店であり、北海道土産のイクラをどうして寿司ネタにするかということで、生まれたということ。

そして、寿司屋は徹底した掃除をしていれば、酢の匂いがしないということ。

酢の匂いがするということは、お湯をつかい、隅々まで掃除をしていないということ。立派な職人に大切なことは、衛生観念と清掃作業ということだった。

立派な職人になるためには、いつも布巾や雑巾を手にして動かしていなければならないようである。掃除は、すべて始末につながるということだろうか。

現在、渋谷の映画館ユーロスペースで小野さんのドキュメンタリー映画が、絶賛上映中である。ドキュメンタリー部門でアカデミー賞有力作品と聞く。