3月2013

思いを受け止める

生活

  学生時代は、よくクイントイーストウッド氏のあたり役、「ダーテイーハリー」の真似をしたものだ。ハリーのトレードマーク「マグナム銃」のモデルガンは、若い男性の垂涎の的となった。当時また、氏が先駆者となってヒットしたイタリア生まれの西部劇マカロニウエスタン「荒野の用心棒」の真似も。プレーイング・マネージャーは、どの世界でも存在すること自体が厳しく、業績を積み上げることが頗る難しいようだ。

そんな世界で、一作でもヒットを生むことが難しいのに、「マデイソン郡の橋」や「ミリオンダラーベイビー」、「グラン・トリノ」さらに「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」など秀作を遺こしてきた。稀な才人かも知れない。



ところで、長躯にしてハンサムな氏は、共演した女性をはじめスキャンダルが後を絶たず、彼の構えた家庭の事情は複雑。それなのに、大きなトラブルにならないことをメデイアが突っ込んでみた。氏曰く、誠実に十分なことが出来ないときでも、かならず「正直」でいたと。これは、人生の処世訓に通じそうだ。

映画「ヒアアフター」。ここより後のことだから、来世とでもいうべきだろうか。インドネシアやタイを襲った大津波の体験が、話の展開上の大きなベースになっているので、東日本大震災発生後、興行中止となった。

小職は、震災前日にレイトショーでたまたま観ていた。

演出の効いた津波に巻き込まれるシーンは、コンピューターグラフィックによる演出作画もあるが、おぼれるシーンはかなりの時間を費やし、大型のプールや実際に大量の水を流して撮りこみをしている。

クイントイーストウッド氏が、なぜこのような映画を撮ったかの理由。不思議なことに宗教の違いがあっても、臨死体験をした人の証言が、皆、同じような体験ということはなぜだろうか?という素朴な疑問。そして、身近な人を亡くした人が、喪失感が向かわせるのか亡くなった人からのメッセージを受け止めようとする。あるいは、亡くなった人からの探そうと懸命になる姿を見て、楽にさせてあげたいと思ったことが動機にあるようだ。



また、3.11がやってくる。被災者の方は、一瞬一瞬を必死な思いで生きてこられたことだろう。心配なことは、身近な人を亡くした喪失感がじわりじわりと負ぶさってくることである。家族のいる人は、まだ良い。この先、震災孤児らに光がきちんとあたるように切に切に祈ってやまない。子を遺していった人々の思いは、この国の大人全体できちんと受け止めたい。