3月2013

とっておきの話

生活

 東京新聞(中日新聞系列)に「筆洗」というコラムがある。水墨画を趣味としていることもあるが、洒脱なタイトルが気に入っている。また、市井の良質な話を拾い上げてくれるところもあり、努めて読むようにしている。

さて、4年前の今時分の話で恐縮なのだが、感じ入って切り抜いていた話。それは、ある中高年の女性が、電車の中で見かけた若い男性の話であった。その女性は、込み合う電車の中でお掛けいただくべき人を見かけ、気の毒に思い、目の前に座っていた若い男性に席を「お譲りいただくように」促したという。若い男性は、驚いて上気した顔で席を立ち、席を譲ってくれたという。若い男性は、座って狸寝入りをしていたわけでも漫画を読んでいたわけでもない。一心不乱に、書籍に集中していた真面目そうな青年だった。女性が、「ありがとうございました」と申し上げたところ、「いえ、気づかせていただきましてありがとうございました。教えていただかなければ、気づきませんでした」といわれたという。女性は、青年の言動ですがすがしい気持ちになったと投稿してきたということだった。ありそうでなさそうな気持ちの良い話である。



続いて同じく4年前の春、インド旅行で困ったことになったある女性が助けられたときの話が「とっておきの話」として掲載されていた。六十代の女性が、旅の途中、立ち寄ったデリーの空港。現地で暮らす友人と待ち合わせをしたのに姿が見当たらない。電話をかけようと公衆電話を探すが見当たらない。どうしようかと悩んだが、思い切って空港の若い職員に公衆電話の場所を尋ねると、無料で自分の携帯電話を貸してくれたという。しかし、友人には通じず、仕方なく空港内で本を読み時間をつぶした。約30分後、登場したのが「とっておきのすてきな人」である。「もしかしたら、電話が必要なのではありませんか。よかったら、使ってください」と携帯電話を差し出してきた。

つまり、若い職員から携帯電話を借りるところを見ていたらしい。今度は、友人とうまく連絡が取れて、友人とも久しぶりに会えた上に観光も楽しめたという。「すてきな人」は、誰かを迎えに来ていた様子だったという。

「電話代を」というと、黙って背を向けたという。困っている様子の人に、思いやりをもって声をかけることは、誰にでもできることではない。「旅は情け、人は心」。旅は、日常を離れるすばらしい体験である。他方、どんなに準備をしていてもトラブルを回避できないことは多い。旅行経験の多い人は、本人や同行者の急病や事件事故に巻き込まれた経験も多い人のはずである。

可能な限り、いつでも人を助けられるような心構えで旅行を大いに楽しみたいものだ。遠出も多い時節。困った人を見かけたら、躊躇なく、相手の気持ちに負担をかけずに助けられる「すてきな人」でありたいものである。