4月2013

中国の雇用拡大策

生活

 中国の経済成長がいつまでも続くはずもなく、景気循環のこともあり鈍化することは、当の中国首脳陣らもよく承知している。ただ、問題は成長鈍化の進み方の緩急のあり方であって、そのことによって中国自身だけでなく、世界の経済成長に対して、かなりの影響があるものと予想がなされている。

 

成長の減速を、李克強首相の唱えた信頼のおける指標(電力、銀行貸付残高、鉄道輸送実績)に照らしてみると、どうにも楽観できそうにない。それどころか、一時的なものにせよ成長がストップあるいは景気後退さえもうかがえさせそうな内容だからである。

角度を変えた見方によれば、製造全般にわたる調整局面を迎えているのかもしれない。「産業のコメ」といわれる粗鋼生産などは、かなりの在庫に達しているとかなり以前から伝えられている。

また、「中所得国の罠」という産業発展の中断状態に陥っているのではないかという捉え方をする有識者もいれば、ハードランディングを回避するために、ソフトランディング備えて対応しているという見方をする見解もあるようである。いずれにしても、何かしらの対処が必要である。

 

仮に「中所得国の罠」に嵌っているとすれば、1970年代の日本や1990年代の韓国も経験しているので、政策の選択に対して参考になる事例もあると思われる。

しかし、実際は各種の重要「指標」に照らさずとも、これまで改革開放政策大転換時より行われてきた、インフラクチャア投資の鈍化や外国資本の投資の鈍化が目に見えて減ってきている影響や欧州経済危機などの要因がかなり影響していると思われる。

外資は、投資リターンが見込み薄となれば、投資の冷え込みが顕著に現れているはずであり、現実に米国資本などは、投資の手控えや引き上げが現実に起きている。

民工と呼ばれる農村出身労働者が、さきの春節に数十万単位で経営不振業種を中心に賃金未払いに見舞われ、大きな社会問題となった。当然、社会に動揺を引き起こした。現実に、労働供給の伸び率は低下していることが想像できる。

西部内陸の開発も途上にあり、工場生産やそれにともなう投資だけでなく、労働力の調整という観点からも、サービス業などへの雇用拡大や就労移動などの政策も必要だろう。中国の2012年の完全失業率は、4.1%であったとされている。これは、本来、欧米先進国とは比較にならないほど、雇用の安定

が図られてきたことを意味している。中国の成長の鍵は、雇用の拡大策にある。

円高是正、金融緩和はアジアの利益

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 アベノミクスの効果に気をよくしてか、特にインドネシアなどの東南アジアの国が、名指しで円高是正による利益恩恵を得るだろうという予測を立てられている、事実、TPP交渉などのこともあり、自由貿易拡大に舵をきる以上、投資もより効果のあるところを見込んで行う必要があり、獲得した外貨を国交も良好な東南アジアの国に投資したいと目論んでいるようだ。

 

さて、長期的に見ればFTA圏を広げようとしている隣国の経済発展は自国にも大きな利益をもたらすはずである。しかるになぜ、韓国は行過ぎた円安だとして、名指しで金融緩和政策を非難するのであろうか?。

やはり、長期的な観点から利益や恩恵を得られるということについて、余裕

をもって考えられない状況にあるということであろう。

 

つまりは、韓国の経済体質が外国資本に依存度が高すぎということである。

2007年のサブプライムショック、2008年のリーマンショックにより、韓国に投資していた外国資本はいっせいに韓国売りを行った。結果、韓国ウオンは暴落、結果として日本と競合する分野での競争を優位にして、以後、外貨を獲得してきた。その間、日本は超円高に耐えてきた。

内需は伸びない韓国は、100%近くまで対GDP輸出依存度を高めた。

この結果、東アジアにおいては、外国人投資家は日本売り韓国買いが鮮明となった。

 

韓国は、すくなくとも過去5年間は韓国買い、韓国ウオン安の恩恵を十分に

受けていたということがいえよう。しかしながら、韓国経済が好調であったこの間、輸出依存度の高い経済、内需拡大は図られず、また韓国ウオンの相対的な価値を高めることへの政策を選択されることは無かったようだ。

韓国同様に天然資源に恵まれない日本は、自由貿易の恩恵を受けて国勢を拡大してきた。そして、国民生活の向上も図ってきた。日本が超円高を是正し、デフレ-ションを克服し、財政が健全化に向かえば、FTA締結によって韓国も

より利益や恩恵を受けられるのは道理である。同様に中国、ロシア、モンゴル、そして国交が正常化すれば北朝鮮さえも。さらには、東南アジアからアジア全体に、そして世界に経済効果は波及してゆくと思われる。

しかし、だが。短期対外債務を減らしてきたといっても10%以上ある韓国が、ウォン暴落や外資の引き上げなどに見回れずに潮目の変わりを読んで、困難を克服してゆけるかである。韓国市民にといっては、北の脅威より、通貨危機や経済後退のほうが、はるかに大きな恐怖のようだ。

円安を非難する韓国は、内需に期待できない事情

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 デフレーション脱却のために、かなり思い切った経済戦略を押し立てている

アベノミクスである。大方、G20(主要国蔵相・中央銀行総裁会議)でも理解を得られているのだが、韓国の副首相がこのたび、「先進国の量的緩和によるマイナスの波及効果」という表現で景気浮揚策が周辺国に及ぼす影響に配慮して調整をするべきとIMFラカルド専務理事に強く申し入れたという。

要するに、「日本の円安が、韓国の不利益になるので止めさせたい」といっているに等しい。これまでもふれてきたことであるが、本来、貿易には輸出入それぞれがあるので、価格競争の激しい分野では相対的な価格競争力が落ちることは理解できるが、他方、韓国は製造加工機械や精密部品を多く日本から輸入しており、円安の恩恵にあずかっている業種も多いはずなのに、被害者一辺倒のような言い方をなぜするのだろうか?という疑問がもたげてくる。

 

韓国の得意な輸出分野で、日本からの部品調達の購入比率の高い企業は、即ち原材料費の削減に直結するので、円安について歓迎している。ただし、日本からの輸入比率の高い企業であっても、大手企業で無い場合は、為替予約や通年購買契約を直接行わず、大手商社経由している場合も多い。この場合は成果が現れるのに時間がかかったり、商社の事情で還元される金額が少なかったりするようである。いずれにしても、悲喜こもごもはあるはずである。

 

しかるになぜ、副首相は迷惑ばかりをかけられるような物言いになるのか?

やはり、輸出依存度がGDP比で100%近くにのぼる韓国の事情に由来するのだろう。何は、ともあれ輸出を行い外貨を稼いで、国民全体が飯を食えるようになるようにするということなのだろう。



そして、韓国の財政事情にもよるだろう。外貨準備高の運用が収益投資目的に偏り、短期運用でいつでも換金できる比率が10%を大きく割り込んでいる(日本は9割がたが流動性資産である)。また、外国からの投資に大きく依存しており、その金額は韓国のGDP比で30%以上に上っている(日本は同比率

14%程度)。つまり、内需が小さく、返済原資調達に余裕をもって取り組めず、

一度、外国人投資家らが韓国売りに転じると韓国ウオン安に転じるだろうが、

強くない財政体質のために、今度は歯止めが効かなくなり、通貨危機の再来が

起きないとも限らないのである。長期に居心地の良い外国為替相場と外国からの投資に大きく依存してきた韓国は、財政健全化に向けた戦略に選択肢が無く、機動性がなく硬直しているといえるだろう。

中国の経済成長鈍化の主な原因は?

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 中国の経済成長の減速が、中国の関係当局が認めるところと明らかとなり、

また対中国投資に対する慎重な姿勢が一部の国や地域を除いて明らかになってきている。

経済活動は、国境を越えて連動しているものであり、無尽蔵に拡がる巨大な内需を経済活動の中心に置かないかぎり、世界を相手に経済活動する国や地域は、否応なしに外的な環境要因の影響を受けざるを得ない。

 

ここのところ、中国の発表する統計資料自体に信憑性を疑う声が多く見られるが、世界を相手に経済大国に発展を長期にわたって一本調子で達成してきたこと自体が奇跡的でもあり、調整局面が訪れることは驚きに値しない。

中国という統一国家ではあるが、北京や上海などの巨大国際都市は別にして、経済発展を外資に頼ってきた省や地域は、脆弱な経済基盤の上にあり「対中投資の後退」は深刻な影響をもたらす可能性が高いと思われる。

 

現在の月次経済報告は、大方、本年2月度までのものである。2月は、中国では旧暦の正月である「春節」があり、多くの人民の移動と工場の休止が続くので、判断を行うとすれば、正直なところ3月度以降の報告に待たねばなるまい。

さて、経済成長後退の主原因であるが、中国の人件費の高騰による投資環境の悪化を唱える専門家は 多い。

 

中国のこれまで経済成長は、第一に安くそして無尽蔵のように調達できる労働力にあったといえるだろう。画期的な生産技術や経営ノウハウをもつ中国企業の存在は稀で、外資との合弁で生産技術や経営ノウハウも導入できてきた。

中国発の生産方式や経営意思決定が、独自に発展してきたわけでもない。特に、中国の地方政府は外国資本に依存度が高いので、外資企業の撤退やいささかの投資の撤退であっても、心理面からも経済を冷え込ませるには十分である。

中国を経済的に一体化していると見ることに所詮無理もある、改革開放の先進地であった華南地方は、もとはといえば巨大な国有企業も少なく、郷鎮企業や私企業が雇用開発してくれるように、また外資との合弁によって雇用だけでなく、多くの経営資源を得てくれるようにと自立を求めたものであり、手厚く

経済成長のために保護をしたのではない。

 

この先、経済統計を注視しなければならないが、「春節後」の生産活動と「投資環境の変化」という2点については、特に見極めたいと考えている。

 

政冷経冷の日中の今後

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 北東アジアは、たびたび北朝鮮の軍事挑発行動に振り回されているが、この地域の安定と平和に寄与し、発展させるいうことであれば、冷え切っている日中関係をいくらかでも改善することが重要である。

 

先に訪中した日本国際貿易促進協会の河野洋平会長は、汪洋副首相から経済を(尖閣問題から)切り離して解決すべきという見識を示されたという。尖閣諸島日本国有化以降、日中貿易額は2011年に輸出入で約30兆円ほどの規模であったものが、冷え込み回復の兆しが見られずに2012年の輸出入規模は前年比約4%ほどの減少ということである。

対中投資額も日本は減らしているが、対中投資額自体は中国のGDP総額の1%程度に過ぎず、たいした影響もないと考えるべきかどうか?である。

対中国投資額でいえば、全体の50%程度が香港経由といわれる。香港をはじめ、台湾やマレーシア、シンガポール、華南出身の華僑らが改革開放経済政策が発表された後に、過去持ち出した財産を数十年の月日が経った後に回流させてきた。海の中国が陸に戻ってきたと説明してきた人々もいた。

 

その先頭に立っていた香港が、対前年比で投資額を10%減少させている。同様に米国は、対前年比で投資額を20%減少させている。EUは、対中投資を増やしているが、世界全体として対中投資を減少させている中、日中関係は政治と経済を最低でも切り離して、すこしでも改善させたいところだろう。

 

対中貿易総額は、おおよそ29兆円(輸出13兆円輸入16兆円)と捉えられている。これは、世界全体の輸出入額に占める割合がほぼ30%程度である。対中貿易が日本にとって。世界最大になるまで、対米貿易が全体にしめる割合が最大の相手であった。中国が、最大の取引相手に入れ替わった後、日米間の取引額と差がしだいに広がってきている。現在の対米貿易総額は11兆円程度である。日中間は、真実のかけがえのない互恵関係にあるといって良いはずである。

 

昨年の貿易統計発表を受けて、中国の税関当局は世界の国々と(中国)が貿易額を増やす中、日中貿易総額だけが目立って減ったことに関して、尖閣諸島国有化問題とともに日本が責任を取らねばならない問題と強く主張していた。

汪洋副首相の見識に待つでもなく、二国間や北東アジアという枠に限らず、アジア全体や世界全体に対する政治経済に与える影響を考えると事態を動かしてゆく必要がある。日中という二国間に限って考えるべき問題は、領土や主権の問題になるだろうが、あまりに大きな存在の二国間関係である。

粽を食し、茶を啜る

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  春の行楽シーズンたけなわである。やがて、立春から数えて八十八夜を過ぎれば、確かに自然の摂理に従い、汗ばむ夏の陽気がやってくる。一年で一番、万人にとって心地の良い季節かもしれない。

ところで、この時節は子供ころから楽しみにしている味がある。例えば「粽」である。もち米をつかった食べ物が好きな理由は、幼少のみぎり育ててくれた祖母が、そうだったからに違いない。「粽」のように蒸して食するもち米は、甘味旨みがあって幸せな気持ちにさせてくれる。祖母が、常にもち米を籾や乾燥させて細かく砕いた粉末にして保存していてくれたこともあり、団子や砂糖と混ぜて作る菓子など良く食する事が出来た。端午の節句には、柏餅も綺麗な柏の葉に包んで作ってくれた。つきたての餅や餡の甘い匂いは、今でも、鼻先にあるかのように思い出せる。祖母の手間を惜しまない姿が、今も私の味覚を支配する。

かような和菓子類は、新茶を啜りながらいただくのが、この時分の特権である。ところで、中国出身の友人に言われて気がついたことがある。古来、中国では、茶は啜るものであって、街に溢れる「喫茶店」が良い例で、日本人が茶を飲んだり食べたりということをする文化を不思議に思う中国人が多いとのこと。たしかに中国の漢詩には、「茗を啜る」というような言い方があるが、「飲む」や「喫す」という言い方はない。

濃茶薄茶のことは横に置き、新茶を味わう場合のこと。

本来、新茶は最初に「芽茶」を味わうべきである。あたらしい茶だからこそ芽茶が美味しい。次に入れる茶に湯を注いで味わえば、苦味が出てくるがこれを味わえなければ、大人にはなかなかなれない。だから、違いが分からない、分別できないことを「芽茶苦茶」(めちゃくちゃ)という。それは、漢詩を読んでいて窺い知ったことだった。日本茶は、茶の葉を蒸したり、煎るが、中国茶は芽を摘む茶であり、それを蒸したり煎り製茶する。

 

さて、緑陰涼しき時分、「粽」を食しながら、中国の詩人「屈原」を思い出す。

「粽」が、生まれた背景には諸説あるが、自分は「屈原」に供えたという説を信じている。その昔、中国の古き時代、中原の覇権をめぐって諸侯が争い、世が乱れた。屈原は、高邁な思想で衆生らの暮らしの行く末を案じ、為政者に真剣に正論を唱えたが容れられなかった。心底、真剣に考え苦悶し、努力をしたのだとは思うが、時代や運命が彼に味方しなかった。彼は、失意のうちに入水してしまう。粽は、屈原を慰めようと民たちが、入水した湖に鎮めて供えたものだという。敗れた人生と屈原はいうだろうが、後の時代にも敬愛された屈原は幸いだと言えるかもしれない。それにしても民たちの優しさがうれしい。

いずれをあやめかきつばた

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 読者諸氏は、端唄にある「あやめ」と「かきつばた」は区別がつかれることだろうか?「しょうぶ」と「はなしょうぶ」もある。日本の初夏から雨季に清涼感をもたらしてくれる数少ない花である。小職は事情があって、よく観察している。事情とは水墨画を普及させる団体に所属しているのだが(国際墨画会)、師範教程に課題として設けてあるのだ。「あやめはあやめ」「しょうぶはしょうぶ」らしく描かなければならないのだ。ややこしいのは、昔は

「あやめ」は「はなしょうぶ」をさしていたからである。「はなかるた」の「あやめ」は「かきつばた」である。混乱に拍車がかかるのが無理も無い。

 

「あじさい」の花は、最初は白っぽい黄緑色であるが、だんだん薄い青色に

かわり、さらに淡紅色を帯びてくるといわれている。「いわれている」のだが、

これもしっかりみていたわけではない。「水墨画」の教本にもあるから良く見て

おきたい。北鎌倉は、「紫陽花の寺」が有名だったように思う。古刹名刹は、一年をとおして、開花紅葉の時期を工夫して命の尊さをおとずれる人にやんわりと伝える工夫をしている。水墨画は、これら名刹古刹の開祖たちと同時期、禅宗とともに日本に渡来した。ただ、日本の今日のように書と画を違ったジャンルにおいて伝えられたものではない。水墨画は、その後本家の中国をしのぐ勢いで普及し、また技能も高くなっている。理由は色々あろうが、芸術一家の長男にだけ口伝で承継してきた文化と「水と墨と紙」を駆使して、広くたのしもうとした文化の違いだけ、質において違うものになってしまった。

 

北鎌倉は、仏教学者鈴木大咄の眠るところでもある。この人は、仏教人にしては異質である。アメリカに渡って、長く仏教の紹介をしていたこともあるが、

語学に堪能で、夫人も米国外交官の令嬢をむかえた。この人に感心するのは、歴史学者アーノルド・トインビー博士を恐らく最初に日本に紹介したことだ。

いつか、日本の歴史教育の問題点を指摘したが、大人が自らの責任で歴史を学ぶとしたら、日本史の先生候補には、全国的な支持を集めて司馬遼太郎が押されるような気がする。それでは世界史はというと、第一の候補にアーノルド・トインビー博士をお勧めしたい。著作を読まれた方が多くおいでだと思う。博士の説く歴史学は、知識というより思考法といった方がよく違いを認め合うのに御互い役に立つと思うのだ。しかし、長い時間拘束されるのは嫌だという方にお勧めしたいのは、岩波新書のロングセラーになっているH.G.ウエルズの「世界史概観」「上・下」である。2冊買っても新書本である、一週間で読み終わってしまうだろう。しかし、学校時代と違った感慨をもつだろう。なぜなら、地球が生まれて今日までの日本に無いダイジェスト版だから新鮮なはずだ。

日韓 通貨スワップ協定

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 アジア通貨危機以降の韓国は、外貨準備高を増やすことにつとめ、また流動 性を高めて備えにつとめてきた。

2012.10.31に、日本が韓国に緊急時に融通する通貨スワップ協定は、特別な配慮によって700億ドルまで枠があったものが、現在は特別な枠がはずされて、特別な配慮がされる以前の130億ドルにまで枠が戻されている。

竹島問題など日韓の外交問題が、尖鋭化するに及んで日本側から韓国に特別な配慮をする理由が無くなり、また外国為替と入り引きで韓国の長期安値傾向によって、輸出競合にあるとされる日本製品の不振が続いていた日本産業界の事情もあった。自国通貨安と輸出攻勢をかけている韓国に通貨スワップ協定で、さらに便宜を図る必要があるのか?という問いには当局担当者も応えに窮したことだろう。

韓国の輸出上位100の製品のうち、およそ半分の51品目を日韓両国は輸出貿易で競合していると見られている。したがって、外国為替市場で韓国ウォンが10%値上がりすれば、直ちに貿易収支に跳ね返るだけでなく、市場占有率にも現れてくる。

 

ところで、日本は外貨準備高がおおよそ1兆2千700億ドル程度あるとみなされ、そのうち1兆1千800億ドルを流動性の高い(換金が容易にできる)

短期米国債の購入に当てている。保有する外貨準備高の大方が流動性資産である。

他方、韓国は外貨準備高が3千234億ドルにのぼり、外貨準備高世界第7位を誇っている。さて、外貨準備高の運用については、韓国は日本と大きく事情を異ならせている。韓国の場合、流動性の高い短期の米国債は、4.5%に過ぎず、収益性資産(長期運用)が80%程度に上ると見られている。

また、韓国の民間外貨建て預金比率は、30%程度であり、新興国のインド

(23%)やインドネシア(17%)を大きく凌いでいる。対外短期債権保有

率の急激な変化によって、韓国の外貨支払能力は大きく低下しかねないだろう。

 

これらのことが杞憂に終わればよいのだが、北朝鮮の度の過ぎた挑発が続いており、ミサイル発射や小規模といえども武力衝突によっては、韓国が大きく依存する外国資本の引き上げや韓国ウォンの急激な安売り(いわゆる韓国売り)を引きおこさないとも限らないと思われる。

世界に冠たるFTA大国、経済大国である韓国は、実は体質的には強いとはいいにくい状況にいまだ変わりないといえよう。

中国経済の伸びしろ

生活

 中国経済を悲観的に考えれば、上り一本調子だったGDPが、国家目標に

掲げられてきた「保八(前年比でGDP8%成長を維持する)」が困難となり、途切れてしまったことが第一に。また、経済成長の副産物であるインフレーションが、特定分野に向かい加熱している礼が多く見られている。共産党幹部や

高級官僚主導で行われる不動産開発によって、富裕層はますます富めることになりそうだが、多くの国民が住宅を手に入れることが困難になることなど社会不安にもつながっている。経済成長を維持しながら、過熱する投資分野を沈静化させることは至難の業であり、中国経済を悲観的に考える立場になれば、大きなマイナス材料になる。

 

中国の国家財政健全性については、先進諸国と同じような社会システムを

もっているわけでなく、単純に比較することは出来ない。

しかしながら、リーマンショック後、世界がうらやむような規模の財政出動

を行い、世界に先駆けてV字回復を果たした。08年時点での財政出動(4兆円を越える規模)により、さぞGDP比率にして日本や韓国のような200%

を越えるような数字になっているのではないかと思えば、実際は意外と低く、

GDP比20%程度だといわれている。

未曾有の不景気に中国が、急に陥ったとしてもダメージは意外と少ないのではなかろうか。

 

国民健康保険制度など、中国の福利厚生制度は社会のセーフテイーネットとして十分機能していないが(保険料を払える人民は全体の1割台といわれる)、購買力豊かな富裕層や意欲的な投資家も多く存在する。

仮に、不動産投資が消し飛んでしまっても、人民元が急に高くなって輸出競争力を失っても、世界最大の成長が期待できる内需経済が残る。

貧困にあえぐ、困窮する人民が億万存在するということは、億万の人々が豊かな暮らしを夢見て必死に努力するであろうことも意味している。

 

確かに、経済成長のピークに自国の最大人口を重ねる~人口ボーナスが達成できないまま、成長率は徐々に低下することは明らかである。但し、億万の単位でいくらでも内需を喚起してゆければ、成長の可能性はこれまでと変わりなく拡がる。中国の成長の伸びしろは、実はこの先も大きく長いものではないだろうか。予想でしかものをいえない無責任さもあるが、国を治められていければ、この先も超国家としての存在感を誇示できるに違いない。

過去20年間の中国経済躍進の要諦は

生活

 経済成長が一時の勢いがなくなったといえども、世界経済のエンジンと中国

は、相も変わらず期待を背負っている。貿易輸出に代表される中国経済の躍進

とは、はたしていかなるものだったのかについて振り返ってみたい。



躍進の基点の第一は、やはり故鄧小平国家主席の「先富論」に代表される

鄧小平理論による社会主義市場経済の実践ということになるだろう。

現実的には、社会主義市場経済なるものが市場経済と異なったものであり、別次元に存在するのか?については、説明に窮するところである。しかしながら、鄧小平理論が説いた具体的な活動については検証可能である。

すなわち、「生産力を高める」ことである。生産力を高め、そのことによって

特に農村(農民)の流動化を図り、工業化、商業化を図り、短期間で中国経済社会を多元的に変革することである。

 

さて、故鄧小平国家主席の「南巡講和」が発表されたのは、1992年のことであるから、中国の大躍進はこの20年間にわたっての連続的な社会変革で

あった。

前出の農村は、国家主導の集団農場を形成するなど、いわば国家から請け負った生産を行っていた。工業でも同じようなもので、国家主導で請負生産をしていた。鄧小平理論以前は、毛沢東国家主席の主導する計画に基づき、生産拠点が配置されたために、経済効率よりも集団農場等を中心に置き、あるいは政治的な理由から大規模国有工場を配するなど、実情から遠ざかっていたともいえる。毛沢東理論では、低い生産性から生まれた貧しさを賞賛するようなところさえ見られていた。

ところで、1978年当時の所有形態別生産額比率の推移でみると中国国家

統計年鑑によれば、国家の生産請負の典型だった国有企業の生産額は、全体の

80%程度である。それが、20年後の1998年には30%程度にまで割り込んでいる。穴埋めするかのように増えた所有形態は、改革開放によって進出を果たした外資系企業と「郷鎮」企業である。郷鎮企業は、農村で生まれた工業部門である。生産性の低い農業地域にあって、短期間で劇的に農業の過剰人口を吸収しつつ爆発的に成長していった。農村に生まれた郷鎮企業であっても、国や党の主導で創立され運営されてきた国有企業を凌駕するまでに成長した企業や外資系企業と資本や技術の提携を行いグローバル化を果たした企業も生まれた。今や生産量世界一となったビール会社にも郷鎮企業として生まれた有名企業もある。生産力の向上という大目標に始まったにのである。

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