4月2013

四月一日さんのこと

生活

 知っている方には、「なあ~んだ」というたわいもない話である。

北陸地方には、「味噌」さんや「醤油」さんなど読めはしても、他の地方では珍しい職業を名字にした姓がある。「なあ~んだ」という声が、岐阜や長野の向こうから聞こえてきそうである。



しかし、「四月一日さん」の読みには、初めて聞いた時には思わず唸ってしまった。「四月一日さん」は、同じ読みながら別な書き方をする「綿貫」さんと同じである。つまり、「四月一日さん」は「わたぬき」さんである。

唸ってしまったのは、「出身高等学校の夏の更衣が、6月1日。」と決まっていたように、北陸地方では、「四月一日」には「綿入り半纏」から「綿を抜く」ということが、多分、古くから行われていたということ。そして、「綿を抜く」ということこそは、長かった、寒い冬から解放された歓びが語感にあるようで

いたく関心したということであった。



「四月一日さん」が「わたぬきさん」であると知った時から、なぜか愛すべき北陸出身の安田善次郎翁や大倉喜八郎翁、西田幾多郎博士が、「綿入り半纏」を着て走り回ったり、算盤を入れたり、思索している様子で思い浮かんでしまうのであった。

同時に、彼岸の入りから四月一日までは、「正月」の「もういくつねるとお正月」に通じる待ち遠しさや期待や願いを感じてしまう。



3000メートル級の山岳地帯を後背地にいただきながら、目の前には、直ぐに深海の渕に落ち込む富山湾。立山連峰などからの豊かなミネラル分を含んだ水が養う、夥しい数の生命は、実に豊かにしてかけがえのないものばかりである。富山湾のような地形の場所は、世界に希でアラスカに1箇所あるようなことを聞いたきりである。

国連の北東アジア事務所を富山に開設する事案に対して、新潟が厳しく当局を批判したことがあった。理由は、長く環日本海諸国地域との連携において、新潟は一定の使命を果たしてきたということであった。しかし、新潟の主張とは違う判断を当局はしていた。世界に冠たる自然を保ってほしいという願いだった。国連北東アジア事務所と言われるが、仕事の本質は、国連環境計画(UNEP)の北東アジア地域における活動の拠点ということである。

越前クラゲの異常発生やホタルイカの不漁など、地球環境の病的な状況を移し出してくれる富山湾であるが、「わたぬきさん」が「四月一日さん」で不都合なことにならないようにとしっかりと祈りたいところである。