4月2013

花まつり

生活

4月8日は、「花まつり」である。

と、いえば、「どこで、花まつりなの?」と若き衆生たちに聞かれそうである。

釈尊またはゴーダマ・シッダルタ皇子の誕生日の4月8日は、意外と市民権 がない。聖徳太子以降、国の威信をかけて教化した仏の教えのその人の誕生日。遡れば、百済国の色濃い朝鮮半島を廻って、遠くは西安や遥かシルクロードに繋がる、宗教と精神文化の伝来やその源を見失っているかのようで心地が悪い。

 

その昔、仏教系の幼稚園などを卒園した者であれば、桜の季節のその日に「あま茶」と「らくがん」をいただいた。正装に身をつつんだ僧侶から「おしゃかさま」のありがたい話を聞かされた記憶がぼんやり残っている事だろう。

クリスマスやハロウィンなどと違って、おしゃれじゃないところが、若い方々に不人気なのかもしれない。仮に宴会があっても、「精進料理」では、盛り上がれそうにない。

ところで、昔から、作り物をダメにすることを「オシャカにする」という。

これは、江戸っ子特有の洒落であるとされる。例えば、浅草の仲見世あたりで

売る土産用に鋳物で「お地蔵さん」を作ろうとしようとする。何かのはずみで、失敗すると「火が強かった」~江戸っ子だけに「しがつよかった」~「四月八日」~お釈迦様~オシャカとなったと言う説である。なるほど、小洒落ていて、江戸っ子好みで面白いとは思うが真偽のほどは分からない。

 

さて、前出の「お地蔵さん」のことだが、その昔、NHK看板アナウンサーの

鈴木健二氏が「気配りのすすめ」などベストセラーを連発していた時分、作品中にインドのことや釈尊に関わる記述が多くあった。その時の「お地蔵さん」の事が今でも印象に強くのこっている。

釈尊が入滅された時、高弟たちは皆釈尊の傍らに離れずに皆いたという。

その時、ある男がいなかった。男は、悲しくてやり切れず、とても「しらふ」でいられず酒を飲んで「へべれけ」になっていたそうである。さりとて、「お釈迦さま」に最期の別れをせねばと釈尊の横たわるお堂にまで辿りついた。

かの男は、釈尊の尊顔を拝し、最期の別れをしようとしたが、釈尊の高弟たちに阻まれ、その思いをかなえることは無かったという。身近に感じる「お地蔵」さんは、そのような故事から生まれたという。後の世の衆生たちは、悲しくて悲しくて、とてもしらふでいられずに酒に飲まれてしまった男を正直な人間だとして愛した。お堂から追い出されたかの男を親愛の情から、祠に入れてやったり、笠をかぶせたりした。身近に感じられる愛すべき者は、優れた人格者というより、例え愚かに見えても、その言動に共感できる者のようだ。