4月2013

生命は永遠でも、現世今世では一度の人生

生活

 今から5年前にヒットした映画「最高の人生のみつけ方」で主演をつとめたジャック・ニコルソンの記事を読み返してみた。実は、封切られたときに、癌と戦っていた方に勧められて観た映画だった。その勧めてくださった方は、

鬼籍に入られてしまったが。

 

さて、ジャック・ニコルソンのインタビュー取材記事である。

ニコルソンは、「余命半年と告げられたら、残りの人生をどう生きるか。」「あきらめるか、それとも逆にあきらめていたことに挑戦するか。」新作映画「最高の人生の見つけ方」で、余命わずかと告げられる自動車修理工カーター(ふんするは、名優モーガン・フリーマン)に「まだ、チャンスがある!」と叫ぶ実業家エドワード役。インタビューの中で、「映画を見て、人生を変えたくなった」といわれるために、自らの日々の生き方も大切というくだりを見つけた。観客は、カメラの前だけで懸命になっても見透かしてしまうのだと。一流といわれる人は、なるほど心構えが違う。

ところで、映画の中で自動車修理工カーターが、大学を中退する前に哲学の授業で、「棺桶リスト」~BUCKET  LISTを作りなさいという課題をもらったことを思い出す。「死ぬ前にやっておきたいこと」という夢のリストを洒落でつくったところ、エドワードが「達成目標リスト」として挑戦しようと旅に誘う。

 

人生をどのように考えるかは、人それぞれ異なる。映画の冒頭、「その人の家族や友人を見れば伺い知れる」とか、哲学者や宗教家の言葉などに続いて「人生は、なんらの意味を持たない」という考えまで紹介している。これは、その人の生命観の投影でもある。「与えられた生命が朽ちても、形を変えながらも宇宙の中に生命として永遠に存在し続ける。」という信念の人に、死は人生の句読点の意味として受け取られているかもしれない。また、人生自体には、さほど意味はないのだという人には、先祖や子々孫々との血脈のつながりを単なる種のリレー作業のように捕らえているかも知れない。

すでに、「時の記念日も過ぎた。人生の意味をいかに考えるかが、その人自身だ。」という考え。あるいは、「その人の価値ある目標そのものが、その人の自身、そして人生。」、そんな考え方など、受け入れられないとしても、現世今世の人生が、かけがえのない時間であることを否定する人はいないだろう。

 

昔、諳んじていたナポレオン・ヒルの詩を思い出したので書いておきたい。

“人生を1ペニーで安売りする人に、人生はそれ以上の支払いはしない。

あとになって悔やんでみても、もう売るべきものはなにもないのだ。

人生にやとわれようとする人に、人生はほしいだけの給料をくれるだろう。だが、一度給料が決まってしまえば、一生涯その給料で我慢しなければならない。

たとえみじめな仕事でも自ら進んで苦労を学ぶなら、自立心をもって前進する人に人生はどんな富でも与えてくれる。“

お金だけでは、豊かな人生を保障できない。やはり、リストが必要だろう。