5月2013

天賦の国といわれた四川

生活

 三国志の時代でいえば蜀の国である。

魏の国との戦いのため、北征伐のために築かれた古戦道が河川の岩場に長く永く残されている。蜀の隆盛は、劉備玄徳や諸葛亮孔明、さらには関羽、趙飛

といったものたちの人徳や万有が魅了するばかりでなかったろうと思われる。

 

「天賦の国」といわれるほどの豊かさの四川である。

穀物、とくに豆類や四川料理に欠かせない山椒や菜種が採れる。

温暖で湿潤である。したがって、作物の育ちに良いようだが、夏場は熱が体にこもるので、人が夏を越すには暑気払いの工夫が必要である。

 

四川と接する直轄市の重慶市を合わせると日本と変わらない人口になる。

それだけの人間の胃袋を満たす地味豊かな土地と人を育てる風土があり、学問も盛んで工業かも進んでいる。つくづく、天が与え給う土地なのだという思いになる。

 

小生は、1998年から2000年にかけて、国際協力の仕事で自動車や耕運機、トラクター等の内燃機関の技術移転業務で赴任していたことがある。

四川第二の都市綿陽市が主たる拠点だった。綿陽は、内燃機関の製造で優れた企業があり、仕事もやりがいがあり、優秀な若い人材が続いていた。

だが、2008年におきた四川大地震では、その綿陽市を巻き込む巨大な地震で多くの友人知人らと連絡が取れずじまいだった。

今回の地震は、2008年の四川大地震の余震とは関係ないといわれるが、今後の復旧復興が気になるところである。

 

四川は、チベット(西蔵)の麓になる。

地味豊かなところは、磁場が高いところであるといわれる。

言い方を代えれば、プレートがぶつかり合う場所である。チベットの先はヒマラヤ、地球のエネルギーが蓄えられ、歪が起きている場所に違いない。

 

四川まで長江をさかのぼると、さすがに向こう岸まで石を投げても届きそうな感じがする。ここまで上海から3000キロばかりの遡上となる。それでも近くを流れる水道の取水口は、毎分2トンから4トンほどの水を取り入れている。ヒマラヤに端を発する聖なる水である。時に神々たちの目覚めで、不幸に巻き込まれる民はいるのだろうが、億万の人々が生きながらえる大地である。