5月2013

透明絲袜子老師

生活

 昨年、中国に公務で派遣されていた時代の話を書いた。今回は、小生が「付加価値先生」と呼ばれていたという話である。中国が、社会主義計画経済から社会主義市場経済に移行するにあたり、価格決定のメカニズムを女性用の水着を使い、「材料が少ない方が、原価が低くて安いはずなのに価格が高くなるのはなぜか」を「需要と購買」に女性ではなくて男性の意図が影響し、結果「布の無いところに一番価値がある」という話である。今回も同時期の話を書いてみたい。

1990年代後半の四川省の自動車関連工場での話である。

春節(中国の旧暦正月)明けに、成田から飛び立つため四川チームは集合をしていた。財務管理・原価管理担当のTの荷物をめぐり、ひと悶着があった。Tの荷物は、旅行用バゲージ2つと教材・資料の箱以外に、ダンボール箱5つがあった。団長先生が、「T先生、この箱は何ですか。当初の申請になかった荷物のようですが。」T:「これは、市場経済を教えるための教材です」と押し通した。税関でも、質問をされたが「公務旅券」を見せて、「教材」で押し通した。

 

T先生こと私の授業は、最良の実務方法を探るために、現場の責任者の協力を必要としていた。できることなら楽しくて、さらに得することがあればなお良い。私は、教材といったが、褒賞品として大ダンボール5箱分の婦人用ストッキングを持ち込んでいた。この頃、中国のストッキングは「お爺ちゃんのラクダのよう」に、見るからにゴワゴワだった。「将を射んとすれば」である。婦人方を馬に例えては失礼だが、授業計画を遂行するには、奥方の強い援護が必要である。オリエンテーションのときに、授業の目的を語りながら、中間管理職の生徒らに誰でも応えられるような質問を浴びせた。これは、明日以降のためのいわばウォーミングアップのようなものである。要領を得ない答でも、「名前がいい」とか「返事がいい」、「ネクタイの色がいい」などといい、褒章品のストッキングを渡した。ただ、渡すだけでは意味がないので、「褒賞品のストッキングには、ほかにも自然色が揃っています」という中国文を通訳に書いてもらい、コピーしてはさんでおいた。効果覿面だった。

「T先生の授業はどんなことがあっても受けなさい」「T先生の授業の予習は

したの」「T先生から、今日も褒賞品をいただいてきなさい」など叱咤激励されて、生徒らがやってくるのだ。成果が上がらないわけがない。仕舞には、生産現場からも課外授業を受けられないかと相談も来た。この時、私は付加価値先生あらため「透明絲袜子老師(ストッキング先生)」と呼ばれていた。

出発前に心配をかけた団長先生は、事情があって変なビジネスに巻き込まれたか、婦人服への偏向的趣味でもあるのではないかと心配していたそうである。